こんにちは、森雨です!

毒親持ちの方が結婚するとなるとやっぱり気になるのは結婚式ですよね。

私も数年前に結婚の挨拶なんていう、普通の花嫁だったら、

「パパ、ママ、私結婚するのー!」
「おめでとう雨…よかったね(´;ω;`)」
「うっ…私やっぱり結婚するのやめる(´;ω;`)」
「何言ってるの…ママたちのことなんて気にせず幸せになりなはい(´;ω;`)」

みたいな展開が予想されるかと思いますが…

そこは毒のついた親たち。
当然幸せ満開な感じにはならなかったのです…。

ということで今回は入籍・挨拶編です。

ではどうぞ。

それでも入籍した理由

結婚する前から親の態度は最悪でした。

祖父がガンで入院していたので、お前が結婚なんてするのは「墓に砂をかける行為」でとても承服できない!の一点張りだったんです。

当時祖父のガンが発覚したちょうどその時に、兄はハワイでさっさと両親だけで豪華な式を挙げていました。
(当然のように私は呼ばれなかった)

「そもそもじいちゃんはまだ死んでない!」と怒鳴り合いの喧嘩しました。
(今考えると馬鹿馬鹿しいですが)あのころ兄夫婦との態度の違いがあからさまで、主人に対しても冷淡。

兄夫婦と自分たちとの違いに私は全然納得がいかず、何度も抗議しましたが無駄でした。

いくら抗議しても、
「結婚はじいちゃんが死ぬまで待て」という毒親。

母は夫を気に入っていなかったのもあり、入籍を何としてでも阻止したかったので義母に手紙を送りつけました。

会ったこともない母に突然手紙を送られた義母は困惑して「私はどうすればいいの…」と私に相談してきました。

そこには「義父がもうすぐ死にます。二人の結婚をやめさせろ!」

とありました。

祖父が死ぬのを楽しみに待つ実親

そもそも、親は祖父が死ぬのを一大イベントだと思っている風でした。
ガンが発覚し、余命についても言われていない状態なのにずっと葬式の話をしていました。

「俺が取り仕切らないといけないからな!」

「葬儀場を探さないとな!」

ちなみに、父は喪主ではありません。
父は次男で、長男である伯父さんが喪主になることは周囲も知っていました。

祖父がガンになってから、死ぬことばかり何年も言っているうえに、周囲には「親父がガンで世話が大変だ」とこぼしていたようです。

親は祖父の世話は一切していませんでした。
たまに料理を祖父母の家に持っていくだけでその間の交通費をせびり、しまいには通帳ごと祖母から取り上げました。

金、金、金…

しまいには両親は「親父は俺に礼も言わない」「お前たちは俺に礼はないのか」と
自分の兄弟たちにも感謝の言葉を過度に求めるようになりました。

寝たきりの祖父にも礼を求め、ひどく気を遣った祖母はどれだけ足腰が悪くても
両親たちを頼らず看病を続けることになりました。

「おばあちゃんいいのよ、交通費いただくから」

母はそう言って、車が必要な時は言うように祖母に促しましたが、
祖母はほとんど頼ることはなくなったそうです。

夫が私の毒親に挨拶に行ったときの話

挨拶
夫は結婚前に挨拶に行きたいと言っていたので、私は「嫌な思いするかもしれないけどごめんね」と何度も言ってから
一緒に5時間かけて車で実家に帰りました。(遠方なんです)

会いに行くのは死ぬほど気が重く、それまでずっとどんよりした気持ちでした。。

1か月以上前から前もって挨拶に行くことを伝えていましたが、当日親は一切準備していませんでした。

むしろ「どうして来た?迷惑だな」というくらい忙しいフリをして夫を邪険に扱いました。

夫はきちんとスーツを着て、実家からのお土産も持って行ったんですがそれでも……です。

私は恥ずかしさと怒りで泣きそうになりました。

適当なところに夫を座らせた父は(客間でもなんでもない場所)

父「こいつ(私)は俺のコントロールが行き届かなかった。俺の力不足だ」

夫「は……?」

父「まあお前ら貧しいと思うし、苦労するけどまっすぐいけよ」

夫「……」

悦に浸った表情でそう言う父に、私は呆れてもう笑みさえでていました。
すると、それを見た父が、
「笑ってんじゃねーよ!馬鹿か!」と私に怒鳴りました。

父は私の笑顔を昔から嫌っていて、笑うたびに「気持ち悪い」と言っていたんです…。

私はただただ「この人たち変わってないなー」と思いました。

そのあとそのまま夫は帰されました。
5時間かけて車を運転し、滞在時間は10分くらいでした。

(その後、それはお前が不出来なせいだと言われて私のせいになりました)



露骨にプライドを見せつけてくる人たち

毒親の典型なんですが、

子どもが幸せになることにすごい恐怖と嫌悪感を感じるのが毒親なんです。

あのときを振り返ると、あれで父は「めっちゃ親らしく出来たぜ!」と思っているだろうと思います。よくやった!みたいな・・・

どういうところが親らしいかというと、

娘を格下として扱ったところ
婿に偉そうにしたところ

です。

娘を格下に扱ったことで「お前の女は俺の所有物」だということをアピールしたかったんだろうと思います。

ちなみに母は私をずっと冷ややかな目で見ていました。
私はその目が昔から怖いので一度も目を合わせないことに努めました。

そのあと、両家の祖父母に挨拶をしました。
自宅療養していた祖父は夫との結婚を心から喜んで、いつも寡黙な人でしたがすごくたくさんお喋りしていました。

結婚の挨拶が、祖父との大切な思い出になったことを今では嬉しく思います。

(祖父は私が入籍してから数か月後に亡くなりました。お葬式にはもちろん夫も出席しました)

結局予定通りには入籍できたが・・・

入籍は私たちの希望の日に出来ました。
市役所に書類を出すだけだったんですがね。

それまでに兄弟たちと合わせて両家の顔合わせを出来たらしたかったんですが、
親たちがまた夫や義実家に無礼なことをしないとも限らなかったのでしませんでした。

何より、もう両親の子どもの自慢話みたいなの「苦労して育てた」「コイツと違って長男はエリート!」みたいな
話を聞かされるのはウンザリでした。

一度電話で顔合わせの話をしたこともありましたが、「お兄ちゃんたちは忙しいの!迷惑を考えなさい」と言われて
いちいちストレスでした。

(※兄の結婚の顔合わせはわざわざ仕事を休んで行ったのに)

話を聞いて、義両親だけで泊りがけで私の両親に会いに行ってくれました。
話によると、そのときには普通にしてくれていたそうです…。(外面がものすごくいいので)

②は結婚式をすることになってからのお話です・・・。
実親無しの結婚式がどういうものだったかをレポします。

森雨でした。



 

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