毒親は子どもの気持ちや状況について全く理解しようとしない。
これは絶対。

こんにちは、森雨です。

今回は毒親と絶縁して失った、故郷について書いてみたいと思います。

毒親と絶縁して失ったもの。

親と縁を切るということは、おおざっぱに言うと、
もう会わない状態になるということ。
それまで会ったり、会話したりしていたのをキッパリやめるということです。

親が毒親だったもので失ったものはたくさんありますが、
絶縁してから失ったものもあります。

それは故郷です。

子を産んでから、故郷を懐かしむ想いが膨らんでいく

私は18歳で大学進学のために県外へ出ました。
実家から車で5時間ほど離れたところです。

まだ親と交流が密にあったころも、夏休みなんかに実家に帰るとなぜか
2日くらい(長くても5日くらい)で自分の部屋に帰りました。
兄も同じで、「この家にいると暗い気分になる」とよく言ってました。

実家にいい思い出はないです。
むしろ親と同じ環境にいた過去のことを思うと苦しいくらいです。
それもあって、私は親との関係が悪化した数年前から5年ほど前からほとんど帰ることはなくなりました。

でも、親と絶縁して、結婚・出産。
子どもが成長するにつれ

「ああ、私の地元に連れて行きたい」

という気持ちが強くなってきたんです。

なぜ帰りたくなったのか?

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完全にこれは自己満足なんですけど、
子どもや夫に地元の味や文化を知ってほしいという想いからなんだと思います。

そして、(本当に一瞬の)幸せだった家族との思い出を懐かしんでセンチメンタルになっているからです。

大好きだった図書館、風景、匂い、味。方言。
特に絶縁してからよく思い出すようになりました。

夢を見ると必ず地元の風景が出ます。
「そうそう、あの道を行くと学校があって、こんな遊具があって・・・」

今にも触れそうなくらいしっかり思い出せるのに、
「もう帰れないんだ」という気持ちがツライです。。

毒親は知らないし、知ろうともしない

毒親は子どもが好きで絶縁したと思っています。
子どもから絶縁されるような状態でも「子どもが望めば距離をとってやる、いい親★」
くらいに思っているので、子どもがどんな心境で絶縁し、どんな故郷に帰れない状態になってる
なんて思いもしません。

出産後、何度も「帰りたい」と思いました。

でもそれは親に会いたいんじゃなくて、故郷の空気を吸いたい!という想いからだったんです。

でもかないませんでした。
そしてこれからも帰ることは出来ません。

私たちは「避難」している。

残酷なことを言うと、私が子どもや夫を連れて堂々と帰る機会があるとすれば、
それは毒親が二人とも死んだ頃だと思います。

私は可愛がってもらった母方の祖父のお葬式に親と会うのがしんどすぎて行けませんでした。
もう危ない、となったときも精神的にどうしてもだめで行けなかったんです。

行けなかったことは仕方のないことだと思いますが、思い出すと涙が出そうになります。
「おじいちゃん、ごめんね」と何度謝ったかわかりません。

親との絶縁を非難する人もいます。
そんな人は私みたいに親から「避難」している人間が帰りたくても帰れないことを
知りません。

自分で選択したこと。
でも、好きで選択しているわけじゃないんですよね。

森雨でした。

最後に。

故郷を思い出すと、中学の時に習ったこの短歌を思い出します・・・。

「故郷の なまり懐かし停車場の 人ごみの中にそを聞きに行く」 石川啄木

 

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