毒親にクソ長い手紙書いて出してみてもいいけど、結局は自己満足なんだよね。

毒親 手紙
親は手紙を読んですらなかった…
毒親について
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毒親と最後に会ったのはもう3年くらい前になります。
(父とは以前会ったけど、母とはもうずーっと会ってないヨ)

ちょうど私が妊娠していたときでした。

そんなときに会おうと思ったのは、
「子どもが産まれたらもう『娘』としては会えない」
と思ったから。

そのころ今以上に親のことを考えてクヨクヨ考えて病んでいたので(暇だったともいえる)出産前に自分の中でけじめをつけるためにも行っとこうと思ったのです。

こんにちは、森雨(@moriame25525)です。

今回は『毒親に手紙を書くことについて』というテーマでひとつ書きたいと思います。

出産前に親に会っておきたかった理由。

それは、私が書いた手紙の返事について聞きたかったからでした。

目次

数年前、私は毒親にクソ長い手紙を書いた

あのころ私は毒親についてまだ良く知りませんでした。

ちょうど、『毒になる親 一生苦しむ子ども』を読んで

「ちょっと待って……ジャストアミニッツ…これうちのことジャン!」

大変な衝撃を受けました。

毎日舐めるようにこの本を読み、そこでこの本の最終章に描かれている『対決』を実践してみることにしました。

「対決」の方法
「対決」は直接会って話すのが基本だが、それが出来ない事情があるなら手紙で書いてもよい。
電話で話せば安全なように思えるかもしれないが、実際には効果がなくまず失敗する。
電話というのは非常に人工的な道具なので、感情的なコミュニケーションには向いてないうえ、
一方的に切られてしまう可能性もある。もし親が離れたところに住んでいて直接会えないのなら手紙のほうが良い。

毒親に手紙を書いた

「手紙を書こう」と決意したのは、親との電話が恐怖だったから。

当時親とは絶縁しておらず、それどころか毎日親からの電話ラッシュでした。

口を開けば私に対する批判の言葉。その言葉に必死で対応する日々。私のことが嫌いなはずなのに、どうしてこんなに毎日電話してくるのか?と頭を抱えました。

そして気が付いたら親からの電話を着信拒否に。(ほとんど無意識にしたことなので、それから電話が来なくなって不思議に思ったほど)

電話が怖かったので、親と会うなんてもってのほかでした。

手紙はパソコン(ワード)で書きました。

親に今まで言えなかったこと。

子どものころされて本当に辛かったこと。

忘れられないこと。

電話が怖いこと。

両親への思い。

言葉を選びながら慎重に書いたはずなのに、気づけばビッシリ文字の詰まった紙が5枚。すべて簡素な茶封筒に入れて郵送しました。

期待した言葉と聞けなかった言葉

郵送した後は毎日緊張しながら過ごしました。

「『虐待』とはっきり書いちゃったけど親はどう思ってるだろう」

「やっぱり怒ってるかな。悲しんでるかも」

「『悪いことした、ごめんね』って言ってくれれば私はもういい…」

「でもやっぱり手紙書くべきじゃなかったかな」

しかし、いくら待っても手紙も連絡も一切ないまま1年経ちました。

それから、結婚・妊娠して味方になってくれていた叔母さんと両親に会うに至ったんです。

もしかしたら両親と会うのは最後かもしれないと思って大きいお腹を抱えて新幹線に乗って行きました。

【毒親への手紙】読んですらない?

毒親は私を気遣う風でもなくただただ以前のままの対応をしてきました。

母は私に兄の子(孫)の写真を見せて「可愛いでしょ!?ね!ほら見て!」と自慢してきました。
近々生まれてくる私の子については何も触れず、いいおばあちゃんの振りをしてきました。

(当時私は「子どもが将来『お母さんのおばあちゃんってどこにいるの?』って言って来たら絶縁したなんて言えないよな」と悩んでいた最中だったのでこれは地味にきつかったです)

まるで今までのことはすっかりなかったかのように対応される…

今考えるとそれは毒親の常とう手段なんですが。

私は「私が出した手紙……読んだ?」と思い切って聞いてみました。

母「は?」

私「手紙。お父さんは読んだ?まさか届かなかったんじゃ」

すると父は「ああ、来たよ」とため息をつきました。

父「何が書いてあるのかと思って目を通そうとしたら……頭痛がしてめまいもしてきたから読むのやめたわ

「ワシは読めん。あんなもんは」

【毒親への手紙】結局対決(手紙)は自己満足に終わった

手紙を読んですらもらえなかったと知って私は脱力。

それまで感じたことがないくらい脱力しました。

たとえ読んでいたとしてももうどうでもいい。

とにかく親2人には全く響かなかったんだ。

それが答えなんだと思い知らされました。

その後私は親とほとんど話すことなく、出産後も電話一つすることはありませんでした。

でも数年たった今、私はたとえ親から期待したような返事がなくとも別に後悔はしていません。
後悔すると「期待していた自分」が可哀想になるから。

とにかく親に自分が『虐待された立場』であるということを表明出来たというだけで割と満足しようと思いました。

思った以上に自分は親に無視されるということに慣れていたし、逆に変な態度をとられて近寄られるくらいなら「読めない」と言って沈黙してくれているほうが有り難かったです。

いや、もうこうなると「ああ、毒親よの…」ってなもんです。いいんですよ、それで。(諦め)

あなたも毒親に手紙、書いてみたら?

『毒になる親』の一節にこんな文章があります。

では、こんなことなら対決などしないほうがよかったのだろうか?
そうではない。これで彼の「対決」は成功だったのである。
なぜなら彼は、相手が聞こうが聞くまいが生まれて初めてこの異常な親たちに自分の本当の気持ちを語り、それをしたことによって両親が
「毒のある行動パターン」から抜け出すことは永久にないであろうという事実を、ようやく心の底から受け入れることができたからである。

まさにこれです。

それまで寝られないほど苦しかったのは
「親が私のことを認めて、謝罪して、愛してくれる」という期待があったからなので、手紙を書くことで諦めることができて次に進むことができたんです。

「諦める」と書きましたが、これは毒親育ちなら親の愛情を諦めることがどれほど辛いことかわかると思います。

でも、親の為に自滅するわけにもいかないので(笑)

仕方ないですね……それも運命です。

毒親と『対決』したことないあなた。思い切ってやってみたらどうでしょう。

荒療治ですが、効くことは間違いないですぞ。笑

森雨でした。

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9 件のコメント

  • 初めてサイトを訪れこの記事に出会いました。私も、この度全く同じ体験をして、メンタルが消耗しきっていたので、この記事にはとても共感しました。私は昨年、2021年の年初から専門機関通い、毒親による継続的な攻撃による複雑性PTSDと診断され、人生で初めてホッとしました。その後カウンセリングに通い、8月に、毒母へ、私も森雨さんと同様に、ワードで6 ページ分の積年の思いを綴り手紙を出しました。到着直後に怒り狂った毒のメールがあり、その後音信不通、年末に突然、親戚の病気や死期が近い旨の連絡をしてきて、その後何事もなかったようにしていました。年末年始の実家滞在はここ数年避けていましたが、今年は止むを得ず帰省。案の定、滞在2日目で例のごとく私に対する攻撃が始まり、こちらも耐えかねて地獄絵図の大喧嘩、「手紙は読んだのか?」と聞くと、「そんなもの読んでない、それよりもそんな本を(毒になる親など、数冊同梱したので)何冊も送ってきてお金がもったいない。何考えてるの?」と、言われ、無力感に絶望しました。直ぐに荷物をまとめて新幹線に乗り東京の自宅に戻りましたが、無力感、絶望感で疲れ果てました。絶縁したいです。森雨さんの記事、とても癒されました。どうもありがとうございました。

  • 古い記事ですがコメントさせてください。
    私は最近になって母親は過干渉すぎるし父親は求めている娘でいること以外には興味もないということに気がつきました。(母親は恐らく愛着障害があります。祖母と上手くいっておらず、昔祖父母にしてもらえなかったことを私にぶつけられることは多いです)
    本当は大学院に進学してやりたかった仕事と資格があったため大学院受験を数日後にも受けようと考えていたのですが、もう頑張れないと痛感した私は親との縁を切ろうと決心しました。
    就活をし短期のバイトも探し、親名義の家を出ていって、父親にもう頑張れないこと・親からの期待と束縛が苦しいことを電話で話しました。
    ですが、父親は今は聞いていられないから署名付きの手紙をよこせ、法的措置をとると言いました。
    そのため、何枚もにもなった手紙を速達で送りましたが手紙を読んだ母親には大学院に行った方がいい職につける、奨学金もあるという返事しか帰ってきませんでした。
    今も何度も電話がかかってきたり、家に会いに行きます、最後に1度対面してそれで終わりにしましょうとLINEが来ています。
    この記事を読み切実に感じましたが本当に私の伝えたかったことは何も伝わらないし、わかってもらえることは無いのだと気づきました。
    また、それでもまだ私は親に何もしなくても許されたくて、純粋に生きてるだけよくて、可愛がられたくて、無条件に愛されたいのだということ、手紙を送ったその時ですらまだ悪かったと謝ってもらえることを期待していたのだと痛いほど感じ、それがもう一生叶わないことに苦しさを覚えています。
    まだ、本当にいいのか、親不孝ではないのか、少し話すべきなのか正直悩んでもいます。
    でも何も変わらないのに自ら傷つく必要は無いのだと自分に言い聞かせて連絡を取らずにいられているのはこの記事のおかげです。
    長くなってしまいましたが、私だけではない、致し方ない結果なのだとそう感じさせていただけたことに深く感謝致します。

    • 桜舞様

      はじめまして、森雨です。

      毒親は「見たいものしか見ない」という主義の人たちなんですよね。
      いくら子どもが苦しんでいようと、自分が信じる「我が子像」だけを信じて生きているんです…。

      記事がお役に立てているようで私も嬉しいです。
      もしまたこれから親子関係で悩んだり辛くなったりするようであればメールカウンセリングをしていますのでぜひお申し込みくださいね。

  • 先日コメントしました、わぴこです。
    あんなに悩んで投函した手紙なのに、あっさりメールで逆に絶縁の申し出をされ、あっけなく全てが終わりました。実家に置いてあったものはすでにすべて捨てたんだそうです。親族にも事情は説明が済んで理解してもらったとの文言もありました。

    小さい頃の写真は旦那さんに見せてあげたかったし、母親以外の親族にはなんの恨みもなくむしろ好きだったので残念ですが、それよりもこの毒親から離れることの方が大切ですし、過去との決別の代償だと思います。

    こんな親と縁切りできて安心している反面、なんだかものすごい虚無感と絶望に襲われています。自分が幸せになるという最大の親孝行とともに、絶縁という最大の親不孝をして、本当に幸せになれるのか、不安でいっぱいなのも本心です。
    事情を理解し支えてくれる義実家には感謝しかありません。。

    • わぴこ様

      そんなことがあったんですか。大変でしたね…(;´Д`)

      >なんだかものすごい虚無感と絶望に襲われています。

      よくわかります。わぴこさん、きっと疲れ切っているんですね。これからは自分を時間をかけてじっくり癒してあげてください。
      辛い気持ちや怒りや哀しさなど色々と感情が噴出してくることもこれからあると思います。そのときは素直に旦那さんに甘えたり、また必要であればカウンセリングにかかったりするのもいいと思います。感情を口に出すとすっきりしますよ。

      >自分が幸せになるという最大の親孝行とともに、絶縁という最大の親不孝をして、本当に幸せになれるのか、不安でいっぱいなのも本心です。

      大丈夫です!自分の生い立ちと過去をしっかり踏まえて、見方になってくれている義実家や旦那さんやこれから出会う人たちを大事にしてさえいれば絶対(少なくとも両親よりは)幸せになれますよ!安心してください(^^♪

      無理せず自分の為にこれからは人生を創っていってくださいね!

  • 結婚をしようとしたら揉めて、今まさに絶縁しようとしています。
    手紙を書いて送ったら反応がない・・・と思いきや、あまりにもつめこみすぎて重量オーバーで戻ってきていて(笑)今日切手を追加して再投函するところです。送れたものと思っていたので、投函してからはそわそわして気が気ではありませんでした。家まで突撃してくるのではいかと。
    そしてこのブログに書かれていることがものすごく分かりすぎて、共感とともに癒され、励みとなります。いつも自分が間違っていて親不孝なんだと思い込んでいたので、救いです。

    • わぴこ様

      はじめまして、森雨です。

      私も手紙、相当ずっしりしました。かなりまとめたつもりだったんですが、それでもB5用紙にびっしりで結構な枚数になった記憶があります。笑
      手紙を書くことは(それがたとえ親に受け入れられなくとも)意味のあることだと思うので、勇気をもってチャレンジした自分を思い切り褒めてあげてくださいね!

  • 森雨さん、こんばんは。
    まるで私のことのようで(笑)、ついついコメントさせて頂きます。

    私も「毒になる親」を読んだ後、長文の手紙(私も五枚くらい。書いている間は色々思いだし涙が止まりませんでした)を書き対決をしたことがあります。

    その手紙を読んだ母親からは電話がかかってきて「お母さんなんて死んだ方がいいのね」と泣いて言われ、私もバカで、その頃若かったこともあり「分かってくれればいいよ」と言ってしまったのですが、その瞬間母親はケロっとして、「これからあんたの家に遊び行っていい?」と言ってきました(笑)手紙には散々、私を自由にしてほしい、自分の人生を生きてほしい、会いたい会いたい言わないでほしいと書いていたのに。

    その後も、私にとってはとても大事な、命懸けの、これきっかけで親子関係がなくなってもいい、というくらいの決意で書いた手紙だったのに、「読むと死にたくなるから封印した」と言われたタチです(笑)

    でも、森雨さんがおっしゃるように、この手紙きっかけで、この親には何を言っても無駄なんだ、という諦めが付き始めたきっかけにはなったような気がします。でも、きっかけにはなったけど今でもひょっとしたら変わってくれるんじゃないか、なんて思ってしまっている自分もいたりして、もがき苦しみながらも生きている私でした。

    長くなってしまい、すみません。森雨さんもどうか穏やかに暮らせますように。

    • yuka様

      引き続きコメントありがとうございます。

      渾身の一撃(手紙)がスルーされるとものすごい脱力感ですよね。
      「私も何を期待していたんだ…」っていう。笑

      毒親にとっては泣きながら書いた手紙も「また子どもがグズッってる」くらいにしか思わないようです。。
      私も「コレが効かないんだったらもうダメだ」ってんで、諦めました。

      でも、逆にコレで諦められた、ある意味絶縁のきっかけになった一件でした。

      yukaさんも穏やかに暮らせますように!
      引っ越しがんばってください!

      森雨

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    ABOUT US

    mori ame
    メンタル心理カウンセラー。 夫と5歳と1歳息子あり。 結婚を機に実家家族と絶縁。毒親育ちで子育てする苦悩や葛藤の中から、考えたことや発見したことを綴っています。 趣味は銭湯通い。