【お礼を強要してくる親】どうして毒親たちはあんなに承認欲求が強いのか?

毒親について
スポンサードリンク

突然ですが。

あなたは親に「感謝しろ!」としつこく言われた経験はありませんか?
もしくはそんな風な態度をとられたことは?

「礼はないのか!」
「誰のおかげで大きくなったと思ってんの?」

とかそういうの。

……心当たりがある人、かなり多いですよね?

こんにちは、森雨(@moriame25525)です。

今回は承認欲求の強すぎる毒親たち
について考えました。

期待した反応が見られないと子どもに怒りをぶちまける親

ご多分にもれず、私の親も本当に承認欲求が強かったです。

それを証拠に、私の親は私だけでなく周囲の親戚たちにも常に「お礼」を強要していました。

例えば数年前に亡くなった祖父が癌で入院した時。

近所に住むうちの両親は祖父母のいる病院に顔を週に数回出していたんですが、
遠方に住む叔母が月一訪れる際には

母が「お兄さん(父)お礼を言って!」と言い、
父が「お姉さん(母)にお礼を言え!」と言っていました。

叔母はあらかじめ何度も電話で礼を言ったり、菓子折りを贈ったりと終始気を遣っていましたが
毒親たちは「足りない!」とイライラしていました。

しまいには、老い先短い祖父にまで「見舞いに来てやってるんだぞ!礼も言えんのか!」と常に不満を漏らしていました。

毒親たちは自分たちからは決してお礼を言うことや
謝ったりすることをしませんでしたが、周囲にはそれを強要しました。

子どもには何か料理を作れば「誰が作ってくれた?」

何か買えば、「誰が買ってやった?」

何か教えてやれば「誰が教えてやった?」

といつもしつこく聞いてきました。

呆れたのが、昔母に
「育ててもらったことは感謝しているし、大学を出してもらったことも
本当に感謝しているよ、でもね……」と親への気持ちを語ったとき。

私の気持ちをそっちのけで、
「感謝してる?本当に?どれくらい?」と顔を輝かせて聞いてきたこと。

それを聞いたとき「ああ、この人の中ではとにかく自分が認められたいという気持ちしかないんだな」と心底思いました。

承認欲求のおばけみたいになっているので、こちらから何を言ってもダメなんだと気づきました。

 

毒親の承認欲求は肥大したコンプレックスの現れ

そんなわけで、毒親たちはとにかく承認欲求が強い。

承認欲求はいいと思うんですよ。
誰にでも多少なりともあると思います。

でも毒親たちは強すぎるんです、、。

原因を考えてみました。

「承認欲求=人に認められたい欲」
ということですが、

強すぎる毒親たちは日常で承認を得られることがかなり少ないんだと思うんです。

「自分は幸せだ」と感じる事が少ないために、人に与えるということが出来ない。
いつも「人に何をしてもらったか」だけをずっと考えている。

だから子どもにも見返りを求めるんですよね。

うちの毒親もまさにそうでした。

仕事に対してものすごく不満を持っていたので、
上機嫌かひどく不機嫌かどちらかでした。

機嫌が悪いときに限って「勉強を見てやるから来い!」と言われて呼びつけられ、算数の問題が解けないと
待っていましたとばかりに怒鳴り散らしました。

きっと心の中では、
「俺に育ててもらって感謝しているなら、そんな問題解けるはずだ!」と思っていた
んだと思います。(ていうか実際口にしてたし)

兄たちが親の望む職業に就いたことは
彼らにとっては最大の見返りだったようで、
今でも誰彼構わず自慢しています。

でもそこで満足は決してしていないのが毒親です。

子どもたちが全員離れた今でも人に感謝されたいが為に近所中の問題に首を突っ込んでいることでしょう。

あと、毒親たちはとにかくコンプレックスの塊なんです。

「周囲とはちょっと違う自分」というのを鼻にかけたかと思えば、次の瞬間「周囲と比べてダメな俺…」と
感情の起伏が激しいのが特徴です。

うちの父は仕事に対してコンプレックスがあったので、父の昔の友達が店に遊びに来て帰った後に
(俺のことを馬鹿にしているはず)とよく酒を飲んで荒れていました。

そうかと思えば、「お父さんはこんなところでこんな仕事をしているけど、実は偉いんだぞ」と言って
子どもを全員叩き起こして説教をする始末。

父の仕事は普通の自営業(飲食店)でそこそこ繁盛していましたが、
元々母が無理やり始めた仕事を脱サラして仕方なく受け継いだ形だった
ので、仕事自体も不本意だったんでしょう。

周囲の目というよりは、自分で自分の運命を責めることで
コンプレックスを肥大化させていました。

結果、肥大化したコンプレックスは、必要以上に
「周囲に認められたい」という強い承認欲求に
変わり、子どもや周囲を巻き込む形となりました。

その渦の中に取り残された子ども(私)は、結局父以上にコンプレックスを持つ人間となってしまいました。

毒親育ちとはそういうことです。
親の「負」をそのまま(それ以上に)背負うことなんです。

もう親に謝ったり、お礼を言う必要はない

お礼というものは、自分が本当に心から感謝していれば
自然と頭(こうべ)が垂れるものです。

私も親と絶縁してから、周囲の人に感謝することが本当に多く
なりました。
「支えてもらっているから、子どもや夫と生きていける」という
気持ちが常にあります。

何かしてもらったらお礼にとプレゼントを贈ったりお礼のハガキを書いたりと出来るだけ
こまめに感謝の気持ちを伝えるようにしています。

それは毒親を反面教師として扱っているからです。

最近「理想だな」と思う友人一家を見ていて思ったのが、
皆がものすごく自然に「ありがとう」「ごめんね」「助かった」
とお礼を言えるってすごいですよね

毒親は何かするたびに私が言うより前に「何かいうことあるだろ!?」と言っていたので
そんな風に自然に「ありがとう」と感謝することが出来なかったのです。。

感謝する側もされる側もとてもうれしそうな姿を見て、
「こういう風になりたい!こういう人たちのそばにいたい!」
と思うようになりました。

絶縁しなければ気づかなかったかもしれない
今ではそう思います。

承認欲求は自分のために、自分の力で

承認欲求は何度も言うけど、悪いものではないし、
何より自分の人生を生きるためにも必要なものです。

「私承認欲求強いかも…」

というのは決して悪いことじゃないんです。

しかし、気を付けたいのはその「周囲に認められること」を誰かに託すことはしちゃだめです。

例えば、うちの毒親たちのように子どもの学歴や収入や仕事で承認欲求を満たそうとすること。

夫や親族の肩書で承認欲求を満たそうとすること。

これは本人と相手を幸せにしません。

「自分を幸せにできるのは自分だけ」というように、
自分の承認欲求を満たせるのは自分自身だけです。

これを読者のあなたには再認識しておいてもらいたいのです。
自分の為に生きることは自分の『自立』につながります。

毒親のためでなく、自分のために『自立』すること。

これはこのブログのテーマでもありますね。

毒親育ちのためのカウンセリング、やってます。

ACブロガー森雨が毒親育ちで生きづらいあなたに向けたカウンセリングをやっています。

一緒にあなたの「これから」を考えませんか?

>>森雨の電話カウンセリングについて

スポンサードリンク