こんにちは、森雨です。

実は私はまだ20代後半。
(ギリね)

実は私はあの「ゆとり世代」なのです。
(ギリギリね)

高校・大学とよく「ゆとり世代」は…と言われ、
社会人になったら余計に「ゆとり世代はこれだから」と
一括りにされていた…

あのゆとり世代です。

この間『月曜から夜更かし』の再放送か何かを見ていて、
たまたま世代について調べてみた特集を目にしました。

他のゆとり世代同様、私も「ゆとり世代」と言われるのは
大っ嫌いですが、

実はこれまでの年代もゆとり世代のような名称が
それぞれつけられているようなんです。

親世代について調べてみたら、結構面白かったので今回はそのお話です。

うちの親たちの世代とは…

戦後からの年代名をまとめると、

・焼け跡世代(1935-1939)78歳~82歳

・戦中生まれ世代(1941-1946)71歳~76歳

・全共闘世代(1941-1949*大学進学者)68歳~76歳

・団塊の世代(1947-1949)68歳~70歳

・しらけ世代(1950-1964)53歳~67歳

・ポスト団塊世代(1950-1955)62歳~67歳

・断層の世代(1951-1960)57歳~66歳

・新人類世代(1961-1970)47歳~58歳

・バブル世代(1965-1969)48歳~52歳

・団塊ジュニア世代(1971-1974)43歳~46歳

・ポスト団塊ジュニア世代(1975-1979)42歳~38歳

・ミニマムライフ世代(1980-1988)29歳~37歳

・ゆとり世代(1987-2004)13歳~28歳

この一覧を見ると、ちょうどうちの両親世代は
ポスト団塊世代だと思います。

でも、しらけ世代ともかかっている状態ですかね。

ちなみにポスト団塊世代とは、

団塊の世代よりも数年後(1950年代前半)に生まれた世代。「しらけ世代」、「断層の世代」にも入り、先を行く「団塊の世代」の陰に隠れてしまって、あまり目立たない印象と捉えられがちだが、ベビーブームの余波は1950年代前半まで続いており団塊の世代同様出生率が高く、人口も多い。テレビ、洗濯機、冷蔵庫といったいわゆる三種の神器が普及し始めた

しらけ世代とは、

学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代。世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。あさま山荘事件や沖縄返還や第一次オイルショックを経験。シラケ」という言葉が若者の間で流行し、「無気力・無関心・無責任」の三無主義を中心とする一種の個人主義に徹する傾向が見られた。一般に(1950-1954)生まれをしらけ世代前期、(1955-1959)生まれを中期、(1960-1964)生まれを後期に分けている。

という感じです。

ゆとり世代に偉そうなことを言う割には「しらけ」ていたんですね。笑

姑に「若い時しらけてたの?」と聞くと、

「エッ!? しらけてなんかいないわよ。ほほほ~」と
笑ってごまかしていました。

しかし、確かに姑も舅もほぼ同世代ですが2人ともあまり
政治に関心が無いですね。
確かに若い時は浅間山荘事件だとか学生運動だとかのニュースを日々聞く機会は
多かっただろうけど、ほんっとそう考えれば政治には疎いです。

姑「若いときはハマトラだったのよ、ママは」
私「…ハマトラって?」

私が思うに、彼らが若いころは日本の景気もブイブイ上向きで、
バブルの恩恵も結構きっちり享受していた世代。
歳をとってもファッションにも割と興味があり、流行を追おうとしがちです。

団塊世代の灼熱地獄のような世代の陰にこっそり隠れて流れてくるフォークソングを
口ずさんでいた年頃。

つまり、「おのんき世代」なのだと思います。

【個性】競争相手の多かった時代

おのんき世代ではありましたが、ベビーブームの余波を受け継いでいて
子どもは多かったようです。

子どもが多いとどういうことが起こるか。

・学校は常に生徒でいっぱい
・教師の指導がとにかくいちいち厳しい
・基本放置
・競争が激しい
・いじめは日常茶飯事
・不良も多い
・貧富の差が明らかになる

いじめは日常茶飯事だったようです。
今のようにそれで自殺、というニュースは
あまり報道されなかったようですが、
それでも少なくはなかったと思います。

いじめが起ころうと、暴力沙汰が起ころうと教師は
いちいち対応しきれていませんでした。

当然クラス内にはカーストが起こります。

裕福な家の子、貧しい家の子。

しかし、さらに厳しい環境の中で生きてきた親の親世代。
つまり祖父母世代はそんなことに構っていられません。
子どもは子ども。子どもは養ってもらっているんだからという考え。

ベビーブームで比較的兄弟も多い中、子どもの状況を把握して
フォローすることはほとんどなかったんだと思います。

そうすると、当然同世代の中で置いてきぼりを食らうと、
コンプレックスは増大します。

世間では70年代後半になるとキャンディーズやおニャン子クラブなんかが出てきて
華やかに流行を彩っている時代でモヤモヤした思春期を過ごす両親たち。

「クライやつ」が特に悪とされていた時代。
個性なんて言う言葉はあまり認められなかったとはいえ、
就職率も今よりは高く、大学に入ればよほどのことがない限り
就職し、ボーナスや昇進を約束されていました。

20代で、
「レンアイ」して、「ケッコン」して、子どもは3人!
マイホームとマイカーがないと負け組でしょ?

という感じだったようです。

女はクリスマスケーキに例えられ、

「24歳までに結婚しなきゃ!25歳で結婚出来なきゃ売れ残り」

みたいな(ふざけたこと)が平気で言われていた時代。

これは置いてきぼりを食っても当然だと思いますね。

(ていうかついていきたくない)

お見合いだろうが、「レンアイ」だろうが、
結婚できたことや、会社に就職できたこと。

20代でいい男をゲットできたこと。
子どもを産めるということ。

全てを手に入れた親たちの自尊心は、
「これまでの人生を挽回してやるっ」とばかりに
むくむくと成長をはじめちゃったのでした。

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親たちが若いころ培ってきた考え方と今のギャップ

毒親たちをかばうつもりじゃないんですが、
当時の親たちの世代について考えると

あまりにも今の世相と異なりすぎて正直親に
「これくらい分かれよ!」って言っても、
「??なにいってんの」となるのはしょうがない面も
30%くらいあるんじゃないかな、と思うんですよ。

今ってあのころと比較すると、個人が尊重されるように
なってきたと思います。

同世代の子どもが多くて「俺も俺も」と手を上げても
大人に気づいてもらえなかった親たちと違い、
ネット社会になってこうしてブログを書いたり、
作品を作ったり、会社を興してみたりすることも容易になりました。

世代や立場の違う多くの人の考えを知る機会も多くなり、
「同感!」と思うことも「絶対おかしい」と言えることもあのころより
増えたと思うんです。

「毒親」と思っていても、親世代では「親は絶対」は常識。
親のために何かする、というのは子どもの義務。
親不孝になっちゃいけない、というのが当たり前でした。

そのために苦しんできた人も声を上げてないだけで本当に
多いと思います。

毒親たちは「あの頃の考え方は今では通用しない」という
ことが今だに理解できていません。

「時代について行けてない」というより、

過去の考えに浸り続けることで、自分を守っているんです。

今と「あの頃」は違う、ということを理解してほしい

私たち「お母さん、もう『親の言うことは絶対』なんて言わないで」
   「私たちの気持ちを考えて!尊重して!」

母親たち「何言ってるの?私は母親よ?母親が言うことに間違いがあるっていうの?」
    「親の言うことを聞いていれば間違いないの!」

私たち「親だとか子どもだとか、もう考えないでいいの」
   「お母さんと私は違う。全く違う人間なのよ」

母親たち「はあ?どういう意味か全然わかんない!」   

毒親たちは、今の親子の考え方に対応しきれていないんです。

それは本人はもちろんですが、親の親にも原因があります。
そして彼らが生きてきた世代にも原因があります。

親たちは青年期にコンプレックスを増大させ、
社会がめくるめく発展を遂げる中で保守的な考え方に浸り、
親の言いなりになることである意味自分を守ったのです。

自分の反抗すること。
自分の環境を変えること放棄してきました。

そんな人たちが、
「子どもの意思を尊重しよう。自分も相手も大切にしよう」
「自分のした行いを反省しよう」

なんて考えに至るのは私は難しいと思います。

悲しいことですがね。
(人間としての)精神的な成長を止めてしまった人たちとは
付き合えないのです。

それは親でも他人でも同じです。

ましてや、自分に悪影響を及ぼそうとするならなおさら。

そうじゃないですか?

森雨でした。

 

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