発達障害への理解が進まない原因を当事者の立場から考えてみる。

発達障害(ASD・ADHD)
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こんにちは、森雨です。

昨日発達障害についてNHKで特番をやっていました。
大人(を中心とした)の発達障害を取り扱う番組は珍しいので
ぜひ観てなかった人はチェックしておいてください。

(>>NHK『発達障害プロジェクト』

ご存知のように、私は発達障害者です。

24歳の時に初めて、ADHD・自閉症スペクトラム・軽度知的障害(グレー)の診断を受けました。

診断を受けて、現在は県の療育手帳(B2)を取得しています。

私は現在、夫以外の周囲の人(親戚や友人)に障害をカミングアウトしていません。

私はこうしてブログに発達障害と書くわりには、
かなーり障害の告白に関しては後ろ向きなんです。

今回はその理由について少し掘り下げて書いてみようと思います。

目次

発達障害をカミングアウトして失敗した経験

数年前、私は2つ会社をクビになっています。

新卒で入った塾業界、そして歯科助手です。

新卒でクビになった後、歯科助手の仕事に関しては
「この仕事が無くなったら働けない」という想いから
必死で頑張りました。


↑そのことに関しては以前記事にしたのでコチラを参考に
してください。

でも結局、ダメでした。半年で辞めることになりました。

辞めるギリギリのときに、私は何度も
「カミングアウトしようか」と悩みました。

ネットで「職場 発達障害 カミングアウト」で検索しまくりました。

しかし、

「カミングアウトで職場での扱いが悪いほうに変わった」

「クビになった」

「いじめられるようになった」

という体験談を読むと、とても堂々と「発達障害です」とは
言えなかったです。

しかし、働いていると毎日「困った」は増えていきました。

どれだけ必死に、一生懸命に仕事をしてもあり得ないミスが
続きます。

どれだけ必死にしても、です。

とうとう先輩に「もう私あの子無理!」と私に聞こえるような声で
言われる始末。

院長には「仕事を舐めてる」「給料分働いてない」と言われました。

徐々に追い詰められていきました。

私は(カミングアウトしさえすれば、清掃員としてでも雇ってもらえるかも)とさえ
考えて思い切って上司の一人にカミングアウト。

しかし全員が「?発達障害ってナニ?」レベルの人たちで、
以来私は「怠けるための言い訳をしている」という認識で見られるようになりました。

つまり、カミングアウトは完全に失敗に終わった、ということです。

「発達障害はあなたを肯定する理由にはならない」

この話をすると、「嘘でしょ?!発達障害ってそんなに知られてないの?」と
驚く人がよくいますが、

実話です。

数年前の話です。

私が住んでいる場所は田舎でもないし、
私が勤めていた歯医者は腕が良く、遠方から通う人もいました。
歯医者だけど、医療系の職場でも「発達障害って??」状態
なんだから、一般的な会社で理解があるほうが珍しいのかも
しれません。

院長は私が心身喪失になって辞めるときに、

「発達障害なら、実家に帰ったら?」
「発達障害者って人の気持ちがわからないんだよね?」

と平気で言ってきました。

(繰り返すようですが、医療従事者です)

私は「カミングアウトしても職場は変わらなかった」
「私は何のためにあんなに悩んでいたんだろう?」
とショックでしばらく布団から起き上がれませんでした。

「発達障害だからってあなたの存在を肯定する理由には
ならないよ」

って社会からドン、と突き飛ばされたような気持ちでした。

「こんなことなら、カミングアウトなんてするんじゃなかった」

「結局、私みたいなのが頑張っても『普通の人』のように働くのは
無理なんだ」

そう思いました。

私が発達障害を「カミングアウト」しない理由

あれから数年経ちます。

結婚し、出産し、今は別の仕事でささやかな収入を得ていますが
未だに発達障害があるということを夫の他の人と話すことはありません。

もしかしたら、私のようなブロガーこそ自分の周辺の人にも

「私は発達障害者です!」

と発信していくべきなのかもしれません。

そうでないと、例えば前職の職場の人たちは私のことが
ないと「発達障害」が何かを永遠に知らなかったかもしれません。
(今でも知らないかもしれないけど)

部下が発達障害者だと知ることで、
「え?何それ?病気?」

という感じでググり、そこから発達障害者を知る人が
1人でも出てくるきっかけになったかもしれません。

(今更ですが)

でも、私は周囲の人たちに
「私は発達障害者です!」
と言いたいとは思わないんです。。

理由は2つあります。

【カミングアウトしない理由①】子どものこと

例えば、義実家一家に「発達障害がある」と告白したら、

まず気にされるのは息子のことでしょう。

(ええっ!?私の大切な孫に遺伝してたらどうしよう)

と考えると思います。(口には出さずとも)

そして「大変ね…」とは言っても、やはり心配するでしょう。
障害者と結婚した息子や孫のことを。

人によっては「騙された」と怒る人もいるかもしれません。

発達障害は遺伝を気にする人がかなり多く、
障害者自身もそのことを気にして「子どもは欲しいけど作らない」と
いう人もいます。

頭の中に、「障害=不幸」だという図式がしっかり埋め込まれている
証拠ですね。

【カミングアウトしない理由②】仕事のこと

発達障害の方が得意ではないタイプの仕事、というのが
世の中には大変多いです。

私自身、出来るような気がしたけど、実際やってみたら
もうぜんっぜんダメ!というのがよくあります。

得意不得意がハッキリしているんです。

お仕事全体の89%は無理でも、あとの11%は結構向いてるかもっていう
仕事は実際あります。

しかし、やはり偏見は根強く、ちょっとでも職場環境に条件を出すと
(例えば、手順を細かく説明してほしいっていうだけでも)

「じゃあ(面倒くさいし)、ほかの仕事を探してください」

っていうのが実情です。

そういう「世の中の厳しさ」をよく知っている人たちにカミングアウト
すると、(この人は働けない)という印象を余計与えてしまいます。

そしてその「働けない」は徐々に偏見で膨れ上がり、「何もまともに出来ない人」
というイメージにつながります。

これは日本人独特のものかもしれませんが、

「働けない」というイメージは人によっては相当悪い印象を持ちます。

「普通の人」としてあるべき姿が、

就職出来ること。

仕事をして賃金を得られること。

という大変せっまい認識の中でしかないので、

発達障害があります、というだけで「普通の人」ではない
という認識を(無意識に)持つ人も多いのが現実です。

発達障害を「天才」にしたがる風潮

あまりにも周囲の人を信用しなさすぎだ、という指摘が
あるかもしれません。

何度も言うけど、自分から「発達障害です」と発信していくべき
なのかもしれません。

でも、発達障害を偏見を持たせず、それこそ額に出来た粉瘤(できもの)くらい
に扱ってもらうのは大変だと思います。

世の中では、「特別な人(発達障害者)」をポジティブに扱うために、

さらに「とても特別な人」として扱おうとする傾向があります。

例えば、ADHDはエジソンもそうだった!スティーブジョブズも○○だった!

とかそういうのです。

確かに、エジソンをはじめ、多くの偉人は発達障害があったというのは事実のよう
です。彼らも社会に受け入れられなくて大いに悩み、苦しんだことがあったでしょう。

しかし、誰もがエジソンになれるわけではないのです。

そのことを知ってか知らずか、頭の中で「発達障害」を特別な箱に入れていて、
そこの箱の中はよくないのかも、とさらに特別な箱に移しているだけ。

『差別でなく「意識して区別」したくなる気持ち』なのでしょうが、
障害者が求めているのは「天才として」扱ってほしいなどということでは
ありません。

障害者は天使でも、天才でもありません。

テレビなどのメディアは、「障害があるのにこんなにすごい人」
みたいな特集が大好きで、それを作っている人も観ている人も
それを見て障害者に対する理解を深めているつもりになっているかも
しれません。

怖いもの・知らないことにシャッターを下ろす人たち

うちの両親もそうですが、

未だに「発達障害というものは存在しない」と言う人も
います。

実際私は過去にそういうDrのいる心療内科にも2件ほど行きました。

「そんなものは製薬会社の作ったデマカセだ」

「発達障害は鬱の一種」

「発達障害は甘え!」

そういう人もいれば、

さっさと「アスペ」だとか「ADHDね」と
ろくに検査もせずに決めつけて薬を出す医者もいます。

「発達障害者とは一緒に働けない!」

「発達障害は遺伝する!怖い!」

「発達障害者は何考えているかわかんない」

私は発達障害を怖いと感じたことがありません。

それを証拠に、子どもが出来たときも、夫と「発達障害があるかも」と
心配したことはほとんどありませんでした。

理由は簡単。
自分が当事者で、誰よりも発達障害がどういうものかを知っている
からです。

夫もずっと私と暮らしてきて、発達障害がどういうものかを
よく理解してくれています。

でも、逆に何も知識が無く、偏見だけだと
「障害って怖い」と思うかもしれませんね。

もっと言うと、「障害があるって可哀想!」ってね。

発達障害者への理解が進まない原因は、あまりにも社会全体にそういった
弱者への理解や知識がないからなんです。

「(自分と違うから)わかんない」

だから、

「なんか面倒くさそう」

「なんか怖い」

「とにかく関わりたくない」

そんな思いを抱き、どんどん発達障害を隅に追いやって
しまうんです。

で、しまいには、

「発達障害なんてない!」

と言ってしまって、シャッターを勢いよく閉めてチャンチャン♪って
してしまうんです。

実際、うちの親は発達障害だということを未だに私の「甘え」だと
思っていて、「は?何言ってんの?」って発達障害自体を全否定。

よく知らないものにはガラガラピシャーッとシャッターを下ろして
しまったんです。。

しまいには、「あんなに必死に育てたのに『障害』なんて言って
親をいじめて…」とまた自己憐憫に入ったのでもうそれからは
決して決して言いたくないと思いました。

あまりにも、発達障害に対して理解も知識もない状態で、
何を言っても受け入れられない状態っていう人はいるんです、実際。

そして悲しいことに、結構多い。悲しいことにね。

発達障害への理解が進まない原因を当事者の立場から考えてみる。

発達障害のよくある例っていうのが、

これまで「甘え」や「性格」で処理されてきたことばかりだから、というのも
あると思うんです。
例えば、

  • 授業中落ち着きがない
  • 片づけられない
  • ネガティブにとらえる
  • よくしゃべる
  • 神経質な感じ

などなど。

このことを「発達障害っていうんです」と言っても、
なかなか心から理解してくれる人はいません。

例えば、身体障害の方のように、目に見える形の不自由さだと
分かりやすいかもしれませんが、

発達障害ってかなり個人差もありますしね。

これは周囲の人が「理解してくれないから悪い」という気持ちも
わかりますが、

しかし、当事者もきちんと自分の特性を理解し、
その出っ張りを少しでも平たくするためにどうしてほしいか、
どうしてもらうとありがたいか、ということをしっかり
自己分析をしておく必要があります。

互いに、理解を深め、同じ段に立つ。

諦めないで頑張りましょう。

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