こんにちは、森雨です。
台風が来てますね。

先日、中居正広司会の『金スマ』という番組で発達障害者である野田あすかさん(ピアニスト)について
特集されていて家事をしながら観ていたんですが、正直結構モヤモヤしてしまいました。

私をフォローしてくれている方ならこの書き込みを見たかもしれません。

私は存じてなかったんですが、野田あすかさんは『のだめカンタービレ』のモデルと
なった方だったんですね。

後で調べてわかりました。

一応最後まで見たんですが、その日は寝るまでずっとモヤモヤしていたので
起きてずっと考えていました。

いつも思っていたこと。

「発達障害や人格障害の肩書きは私たちを幸せにはしてくれない」

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もし理解がなかったら?とは考えないの?

野田あすかさんは偉い。
有名なピアニストにまで上り詰めることが出来たから。

これは紛れもない事実です。

しかし、彼女が子どものような言葉遣いで親に甘え、砂糖と塩が分からないと
店内でしくしく泣く。

それを見て周囲の人は、

『彼女は特別な才能の持ち主。だから仕方ない』

という。

その目は温かく、まるで車いすを押してあげた後のような充足感が
見る人の心に宿り「見るだけで良い人間」になったような気持ちになったんだろうと
思います。

しかし、もし野田さんのご両親にも、周囲にも理解が無かったら?

両親は「甘えるな!子どもみたいな声を出すな!」と罵り、
いじめられたことも「お前が悪い」と一蹴。

周囲は野田さんを変人でも見るような目で見、いじめは加速。
精神的に病んでいく野田さんを周囲は当然、放置。

ピアノは当然弾かなくなるでしょうし、そういう両親のもとではピアノに触れることすらないかもしれません。
弾いても誰も聞いてくれないし、評価なんてしてくれないから。
変わっている彼女に、誰もピアノなんて教えてくれないかもしれません。

はっきり言って、彼女は運が良かった。周囲に理解があり、全力で彼女を支えた。

その余裕があった。

そして彼女は自分と異なる人たちに自分を受け入れてもらえるかを考え、学び、知ることができたんだと
思います。

嫌味でなく、心から賢い人だと感じました。

しかし、これは野田さん自身が周囲に理解を得ているというパターンなのであり、
決して『発達障害』として理解がなされているというわけではないと思います。

私のもやもやはそこに誰もフューチャーしないということです。

彼女のタレント性を見るだけで、世間の人は誰も本当の彼女の障害については知らないままなんです。

天才たちを紹介すればするほど、理解は遅れるという現状

私は別に野田さんを批判してるわけではありません。

でも、少し僻んでいます。
私も実は野田さんのように子どものような言葉遣いがストレスに応じて出てきます。

解離性障害です。

抑えられずに出てしまいます。

しかし、親には「気持ち悪い」「何その喋り方!」と批判されました。
高校の時からずっと悩んでいました。

今では出てくるとすぐ休むようにしています。
(休むとある程度治る)

野田さんのように特別な発達障害者は世間では好まれます。
24時間テレビで障害者が水泳やダンスをして感動させようという番組と同じで
それは「ネタ」でしかないのです。

うちの両親でさえ、きっとあの日の金スマを見て
「すげーな!」「努力のたまものね」と感心するでしょう。

あのような番組は、一部の障害者の個人としての知名度が上がっただけで、

発達障害がどういうものか?
どのような困ったことがあるか?
どのようにサポートしていけばいいか?

というところには行きつかないのです。

彼女の本が売れ、番組の数字がとれるだけです。笑

まあ、今更テレビに期待はしていませんが、良心は感じませんよね。
あまりに浅い。

発達障害・人格障害の肩書は私たちを楽にしてはくれない

私は診断されたときまず感じたのは「あ、これでようやく一息つける」という安堵感でした。

生まれて初めて、生きづらい自分を表明して「生きづらくて当然です」と言われたような
気分でした。

まあ、正直嬉しかったです。

腹痛で苦しんでいるのに、「腹が痛い?そんな風にはとても見えないぞ!嘘つきめ!」
と言われてずっとお腹を抱えてマラソンしているような感じだったんです。

ようやく休憩できるー!と思いました。

ほんの一瞬。

しばらくして、仕事を探したり、結婚したり、周囲に理解されるのは相当大変だと気づき、
「なんだ、結局変わらないじゃん…」と現実の厳しさを知りました。

親はまず「そんなことを言って親をいじめて!」「そんな育て方してない!」と一切受け入れられませんでした。
少しだけ「そうだったの…しんどかったね」と言ってくれるかもと期待したら見事に裏切られました。笑

ハローワークや障害者支援センターなんかに行っても、私には救われたという実感は一切なかったです。
理解された、認められたというにはほど遠いものでした。

手帳を取った時でさえ、

世間「さ、それやったんだからもう気が済んだだろ?」

って感じです。

結局アスペだ、ADHDだ、クズだとネットではネガティブなイメージが蔓延り、
たいていの診断を受けた人間は行き場もなくくすぶっています。

診断を受けてから人生をやり直し、発達障害でも特性を生かした職を誰かが探してくれて、
サポートし、親が自分を認め、自己肯定感を身に着け、

周囲に愛され、今の100倍くらい普通の幸せを手に入れる…

そんなことはまず夢物語でしかないのです。

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自分が変わらなければ生きていけない

結局、診断を受けても立ち位置は変わらないのです。

私の場合、診断を受けた前後に仕事をクビになったので
(発達障害なら仕事は無理だねって感じで)
立ち位置が変わらないどころか後ろに後退してしまいましたが、

とにもかくにも、野田さんのような『天才・障害者』でない限り
周囲の優しいサポートは得られないのです。

厳しいことを言うようですが、期待をするだけ損なのです。

私は発達障害と診断されるのは結局自己満足でしかないと思っています。

今私がいるこの場所が、発達障害だから許される、という世界ではないからです。

感覚過敏も、毒親育ちなのも、仕事のミスも、コミュニケーションについても自己責任。
「仕方ないね!」と慰めてくれる人はいません。

診断されると、ストラテラなどの薬を処方されますが、それも合う・合わないがあります。
残念ながら、大人の発達障害者にはこれが現実なのです。

だからこそ、自分が変わること。
結局コレしかないんじゃないかと思います。

自分が楽になれるように、焦らないようにと思考をシフトすることです。

  • 自分が好きなこと・得意なことをなんでもいいから見つける
  • 自分の好きなことを仕事に出来ないか?ということを考える
  • 何が苦手なのかを明確にし、素直に周囲にヘルプを出す
  • 与えられたら、相手にも何か与えられる存在になる
  • 考え方の癖を見つける。焦ったり、自分を責めたりしてはだめ

あと、大事なのが情報を収集すること。

発達障害者同士の集まりに参加してもいいですし、発達障害者のブログやサイトを探して自分と似たような悩みを抱いている人に
コメントを送ってみるのもいいかと思います。

『共感』は多くの人とつながるツールだし、コミュニケーションは立派な能力です。

お互い能力を磨いていきましょう。

どんな人間であれ、人と生きることを恐れてはいけないと思います。

森雨でした。

 

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