こんにちは、森雨です。
一年中で秋が一番好きなので毎日息子と
公園に行けることを幸せに思っています。

この中で絶縁している方はいますか?
そして、一瞬帰りたいな、親に会いたいなと思った人は?

…いますね。

別に絶縁していても、帰ったりすることは自由だし、
親と会うのも自由だし、

会いたいと思うのも自由だし、

寄りを戻すならそうすればいいと思います。

実は私も産後は実家に帰りたくてたまらない時期を過ごしました。
そして、今でも(帰りたいかも)と思うときはあります。

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親に関するトラウマが消えない

私は数年前に子どもを産んで以来、母親にも会っていないし
実家に足を踏み入れてもいないんです。

息子を親に会わせたこともないです。
今のところ会わせたいとも全く思わないです。

でも、産後は親に子どもを見せたい!と思っていましたね。

(息子を見せれば、きっと『可愛い』ってほめてくれるはず)

と思っていました。

親族で息子を抱いたりしながら、和気あいあいとした時間を過ごしたいとも
思ったこともあります。

しかし、ではいざ親に連絡を、となったとき。

過去の親の言動や、しぐさ。
私に対する態度。
今後の周囲の人に対する態度なんかを想像してグワーっと憂鬱が押し寄せて、
とても電話のボタンを押せなかったんですよね。

そしてそれは今も続いています。

それは結局エゴなのかもしれない

出産した時、息子に親を会わせないのは可哀想かもと悩みました。

身勝手な私の絶縁のせいで彼は祖父母を一組得られないわけですから。

そして田舎を持てないわけですから。(義実家は家から近いが実家は遠い)

しかし、出産から何年か経ち、今になってみると

「まあしょうがないか」

と思えるようになりました。

そして結局私は「息子が可哀想かも」と言いつつ、
自分が可哀想だと思っていたんだと気づいたんです。

出産頑張って、親に褒めてもらって「孫可愛い」って
私をひっくるめて愛されると思っていたんですね…。

それに気づいて、
「実親に会わせたいと思うのは私のエゴだ」と
思い直しました。

世の中には事情があって祖父母に会えない子どもはゴマンといるしね。
別に可哀想じゃない。

実は、仲たがいし始めたころ、母親に「子どもが(私たちと会えなくて)可哀想だとは
思わないの?」って言われたことがあるんです。

その時はカチンときました。
誰のせいで会えないと思ってんだって。

でもあのセリフって結局母自身が「孫にも会えない自分可哀想」っていう
意味だったんですよね。

決して見もしてない孫が可哀想だったわけではない。笑

私の「祖父母が片方いなくて可哀想」って考えも、
母たちの「祖父母と会えなくて可哀想」って考えも、

みーんなエゴだったわけです。

情けないよね。

親とのいい思い出は大切にしていい

親との関係で悩んでいる人の中には、

「親は私の頃を大切にしてくれていた時期もあった」

「親との楽しい思いでもあるのに、『毒親』だなんて思えない」

という人もいます。

以前も書きましたが、私も父と母は子どもの頃は大好きで
旅行やレジャーもたくさん連れて行ってもらったし、
兄弟との楽しい思い出もありますよ。

しかし、大切なのは今なんですよね。

今、あなたが親と一緒にいてしんどいと思えば距離を置けばいいんです。

幼いころのいい思い出までどうこうすることはないんです。

私もいい思い出があり、それを時折思い出しては
(私は発達障害だからか?幼いころの思い出を細かいところまで思い出せます)

「ああ、楽しかったなー」

と夫に思い出話をしたりしますよ。

私の思い出は今の親の関係とは関係ありません。
私の思い出は私の思い出だからね。

でもここだけの話、子どもは可愛くて当然です。

私も夫も息子が可愛くて、息子が見たいという蒸気機関車を見にわざわざ遠方まで
出かけたりしますが、
将来「あのとき可愛がってやって、あんなところまで連れ出してやったんだから感謝しろよ」
なんてぜーんぜん思わないですよ。

むしろ、「親の自己満足に付き合ってくれてありがとう…」「一緒についてきてくれて感謝」ですよ。

旅行を毎年どこに行こうが、

習い事にいくら費やそうが、

子どもは愛されたいだけですからね。
親に認めてもらって、愛されたいだけですから。

以前NHKの『すくすく子育て』で

「子どもは遊園地や動物園に本当に行きたいわけではありません。
親が一緒に遊んでくれるなら、近所の公園でもいいんですよ」

とハッキリ先生が言っていて目からうろこでした。

ほんとそうです。

だから、親にしてもらってよかったなと思うことはそれはそれでいい思い出として
胸にしまっておき、

今の複雑な気持ちを大切にしていいんですよ。

親に感謝しなければ、と思う必要はないと思います。

(毒親の中には「あのとき○○してやったのに」と押しつけがましいことを
言う人もいますが、無視してOKだぞ)

所詮ノスタルジーだ

でね。

こないだ、ふと実家の近所の小学校の夏祭りでかかっていた盆踊りの音頭を
ハッと思い出して、

YouTubeで探したら見事にヒットして、

聞いてたら一気に小さいころに行った盆踊り大会の雰囲気を
思い出して、

「あー…地元に帰りたい」

と思っちゃったんですよね。

別にいい思い出ばかりじゃないんですがね、地元…

でも息子と一緒に帰ればまた違った景色が見られるかも。
思い切って二人で帰ってみようかな…(夫は留守番)と
思ってたんです。

でも、夫に盆踊りのことを話したら

(あれ?これって結局ノスタルジーなだけじゃん?)

(ただ盆踊りが懐かしいだけじゃない?
親に会いたいわけでもないんじゃない?)

今帰っても(当たり前だけど)盆踊り大会はやってないし、
小さいころに感じていた親や地元に対する思いとは今はかけ離れてしまっている。

私が地元に戻ることで感じたいものは、一切地元には無いんだと気づきました。

私「いや、やっぱいいや」「ただのノスタルジーでした」

夫「???」

ノスタルジーを乗り越えられる人。これからを受け入れられる人

結局、今毒親のいる地元に大手を振って帰れる人は、

ノスタルジーを乗り越えられる人。

親とのこれからを受け入れられる人。

だと気づきました。

私は…

うーん、まだかなぁ……

森雨

 

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