【毒親体験談】母の支配から抜け出し自分を取り戻す方法を考えよう

私の毒親体験談
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こんにちは、森雨です。

あなたは「自分の親が毒親かもしれない」と思い始めたときから
どんな風に自分を取り戻しましたか?

今回は封印してきた遠い記憶から自分の傷を見つけるために
インタビューに答えていただいたユウさん(女性30代)のお話。

4歳の息子さんを育てるユウさんが、近くに住む母から『自立』した
きっかけとは何だったのでしょうか。

病んでいる家族たち

森雨
ユウさんは長女で、下に弟さんが3人おられるんですね。

ユウさんは6人家族。
母親は長年鬱を患っており、また父は数年前に会社の倒産により自己破産をして現在は軽い睡眠障害気味。
ユウさん自身も、中学の頃からの登校拒否、10年以上前からボーダーに悩まされていたりしてカウンセリングにも通っているそうです。

ユウ
長男を除いて、次男は非行に走り、三男は引きこもりでした。
森雨
じゃあ、家族のほとんどが何かしら精神的な不安定さを抱えていらっしゃるんですね。

そのとき、下3人にもそこまで影響が出ているのなら、ユウさんは長女ということもあって母親の影響を受けて当然だと私は思いました。
そして(多くの場合そうであるように)ユウさんもきっと幼少期からひどい虐待を受けていたんだと思い込んだんです。

森雨
具体的に、お母さんにはどんなことをされたんですか?事前に送っていただいた体験談に書かれていなかったので気になったんですが。
ユウ
…実は、思い出せないんです。確かに、暴力や暴言はあったんですが、具体的にどうとは…。

気分次第で子どもを操る母


ユウ
小さいころのころを思い出すと、漠然とした悲しみがあります。だけど、思い出せないんです。

私はちょっと特殊なのかもしれなんですが、小さいころ体験したことを事細かく思い出せる人間だし、さらに親から言われたりされたことはたぶん死ぬまで忘れないんですが、ボーダーと診断されるほどのユウさんが「ほとんど思い出せない」ということに驚き、また深刻さを感じました。

森雨
お母さんがどんな人だったかは思い出せますか? 子どもの頃のお母さんの印象とか。
ユウ
お母さんはよく怒っていました。機嫌が悪い時は私が何か悪いことをしなくても叩かれた記憶があります。テレビを見て笑っていると突然バシっと叩かれるんです。そこで「あ、お母さん機嫌悪いんだ」とわかる感じでした。
森雨
理不尽ですね。そこでユウさんは「何で叩くの!」って怒ったり反抗したりはしなかったんですか?
ユウ
しませんでした。お母さんが怒ることは仕方ない、と思っていたし、それ以上怒らせたくはなかったんです。だから、いつも出来るだけお母さんの気分を害さないように動きました。

気分屋だったお母さんは、その時々の躾の対応も違っていたそうです。
ひどい暴力や暴力はたとえ無いにしろ、子どもに対して気分次第で愛したり突き放したりすることは『マインドコントロール』に近いものを感じました。

虐待は一種のマインドコントロールなのですが、突き放したり抱きしめたりを繰り返すことで
子どもは安定的に愛されたいと思うようになり、そして親に冷たくされるのは自分の働きかけが足りないせいだと思うようになります。

ユウさんはお母さんの機嫌を損なわないように、と中高生になるまで母の選んだ服を着て、最近まで『母の言うことはすべて正しい』と思い込んでいたそうです。

森雨
気分次第で相手を痛めつけるということで支配関係を明確に出来ます。「アメとムチ」というわけです

産後の体調と育児

森雨
お母さんはいつから鬱を抱えているんですか?結婚する前から?
ユウ
いえ、下の弟(長男)が生まれたころからです。産後体調が悪くて病院に行ったそうですが、当時は「メニエール病じゃないか」くらいにしか言われなかったそうです。多分産後鬱みたいなものだったんじゃないかと思うんですが、特に配慮してくれる人もいなかったそうです。特にお姑さんも冷たかったというのを母から聞いています。

産後に体調が悪くなると、育児に大いに影響が出ます。
赤ちゃんが泣いても寝ていればいい、ということはまずないですよね。

森雨
なんかわかります。実は私の母も私も、自律神経やホルモンバランスのせいか疲れやすい上にストレスを感じやすいタイプでした。母なんか仕事をしながら暇さえあれば横になってましたし…。育児って体調の良しあしで影響が出ますよね。体調が悪いとイライラして子どもにも当たってしまうし。

ユウさんのお母さんはユウさんにとっては基本的に機嫌が悪い人、という感じだったそうですが、もしかしたら長い間(今でも?)体質が改善しなかったからそう見えたのかもしれません。というより、長い間の体調不良が本人の性格をより悪くしてしまったということもあり得ると思います。

パーフェクトな父と母の関係

森雨
お父さんはユウさんにとってどんな方だったんですか?まさか母と一緒になって叩いたりなんて…。
ユウ
いえ、父はごく普通の父親でした。仕事が忙しくて休みこそ少ないのの、私たち子どもには優しかったです。冗談言ったりしてクリスマスのときは夜中まで家族みんなで笑い合っていた思い出があります。
森雨
お父さんとお母さんとの関係はどうでした?
ユウ
母は父が大好きでしたね。
森雨
じゃ、お父さんがいるときは精神的にも安定してたんじゃないですか?
ユウ
あ、確かにそうです。機嫌は良かった気がします。
ユウ
父はスポーツもして、友達もいて…バランスの取れた人だったと思います。父のおかげで子ども時代はもっていたといっても過言じゃないです。でも、母はそんな私を見て「あんたはお父さんには笑顔なのね」とちょっと嫉妬めいたことを言っていました

それを聞いて、私は愛着障害における『安全基地』を思い出しました。
『安全基地』とは第三者が親が果たしてくれなかった役割を担うことです。

愛着障害のある人が(主に配偶者や恋人など)親に満たされなかった愛情を相手に求めること、そしてそれを『安全基地』も応えてやることで愛着障害は改善します。

お母さんは無意識に夫に安全基地を置いていたので、「親」を取られたような気持ちになって娘に嫉妬して余計つらく当たった可能性もあります。

母がDVを受けていた過去

森雨
お母さんの実家はどんな家庭だったんですか?もしかして愛着障害になるような虐待とかって…
ユウ
祖母は虐待するような感じではなかったんですが、離婚した祖父にあたる人からDVを受けていたそうです。母から聞いた話だと、靴だけ持って姉と母と祖母とで裸足で家を逃げ出したこともあったって聞いてます。
森雨
祖父のDVはお母さんが精神的に不安定になった原因の一つになったことは間違いなさそうですね。
ユウ
実は、私がボーダーの診断を受けたとき「あんたの症状はお姉ちゃんと一緒だ」と言っていたんです。叔母は私から見るとそんな風には見えなかったんですが、それもあってか母は姉のことをあまり好きではなさそうでした。

当時は家庭内暴力に対してシェルターや保護制度なんかもなく、離婚して苦労されたおばあさん。
お母さん自身もシングルマザーの母を支え、定時制で働きながら学校を卒業したそうです。

しかし、離婚しているにも関わらず老後の父の面倒を看たのはお母さんだったとのことです。

ユウ
当初は姉が祖父の面倒を看ていたんですが、姉のやり方が気に食わなかったのもあって結局母が看ることになりました。
森雨
お母さんは自分で父を看取ることで最期に少しでも父を許したい、そして認めて欲しいという思いがあったんでしょうね。
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蓄積された「怒りと哀しみ」

結婚後も実親の家の近くに住んでいるユウさん。
自分の他の人とは違う「生きづらさ」に苦しんでいます。

森雨
具体的にどんな風なことで悩まれてますか?
ユウ
ちょっとしたことで「消えたい」「私なんていないほうがいいかも」と思います。頭の中でいつも自分のことを否定する言葉が響いているんです。子育てをしていると、親の言動を思い返して「どうしてもっと褒めてくれなかったんだろう」「肯定的なことを言ってくれなかったんだろう」ってそんなことばかり考えてしまって…。
森雨
よくわかります。頭の中親や過去のことばっかりになりますよねー。

ユウさんは母親が近くにいるため、無意識に母親の反応を期待して接してしまうことも多いそうです。

ユウ
期待して裏切られると、突然母親に対して強い怒りと哀しみを感じます。この間もあまりにも抑えきれないほどの感情が襲ってきて(このまま実家に放火しに行くしかない!)と衝動的に思ってしまいました。何とか抑えましたが…。

長年蓄積された怒り。
30年以上母親の機嫌を取るために抑えてきた感情がもう抑えきれないところまで膨張してしまっているようです。

ユウさんの弟さんたちは、非行に走ったり引きこもりになることでなんとか自己主張をしてきた。
形はどうであれ感情を発散できていたと思うんですが、長女のユウさんは反抗もせず出来るだけ母親の味方でいることに努めたということですね。

森雨
爆発しそうになって当然ですよ。そろそろ母親でなく、自分のことを尊重してあげないと本格的に壊れてしまいますよ!

いつもお母さんが私に話すのは愚痴ばかり、というユウさん。
愚痴を娘に吐き出すことで本人は「共感して!」「同情して!」という想いでいっぱいなんでしょう。

しかし、愚痴聞くのってしんどいですよね。
相手の不機嫌さが自分にも乗り移っちゃう感じがして。

森雨
もしかして、お母さんの愚痴ってお父さんが自己破産してから余計多くなっていません?お父さんへの不満とか。
ユウ
はい、多くなってる気がします。父が精神的に疲れて睡眠薬を飲み始めてからは特に多い気がします。
森雨
お母さんはユウさんと同じようにお父さんのことをパーフェクトな人だと思っていたと思うので、自己破産でお父さんに相当ガッカリしてると思うんです。もしかしたら『安全基地』をお父さんから娘であるユウさんに乗り換えようとしているのかも…しれない…。

もし完全にお父さんからユウさんに『安全基地』が乗り移ると、今よりもさらに依存関係が強くなってしまうと思うんです。

森雨
出来たら、私はユウさんはもちろん、お母さんの為にも距離を置いたほうがいいと思います。絶縁するのが難しければ、とにかく連絡を一旦こちらから絶つなどの処置をしないと後々辛いことになるかもしれません

子どもが導いてくれた「自分らしい母親」

お子さんが3歳になる頃まで、育児の記憶がないくらい精神的に苦しんできたユウさん。

ユウ
子どもが産まれる前後が本当に辛くて…。実は子どもが2歳くらいまで(子どもを虐待してしまうのでは…)という不安があって子どもに愛情を持って、密接な関係になれていなかった気がするんです。そのせいもあってか、発達障害がグレーの診断を受けたこともあるんです

「母親みたいになるのがとにかく嫌だ」
愛着障害の方に多いのが(私もですが)子どもとの関係で悩むこと。愛情のかけ方がそれでいいのか、何が正解なのかわからずに悩むといったことはよく聞きます。

ユウ
でも、子どもが3歳過ぎて徐々に意思疎通がしっかりしてきたときに気づいたんです。自分が自己肯定感が低いので、何に対してもネガティブにとらえてしまうんですけど、逆を言うと「自己肯定感を高めてあげればなんでもポジティブにとらえられるんじゃないか?」と。だから子どもには自分が母親にしてもらいたかったことをしたい、もっと褒めて、可愛がって、愛情たっぷりに育てたいと思うようになれたんです
森雨
うん!そうですよね!その通りだと思います

子どものおかげで「自分らしい母親(自分)になる」という目標を持てたと言うユウさん。
素晴らしいですね…(T_T)森も見習わんと…!

毒親育ちが『自立する』ということ

ユウ
つい最近母親と電話してたら突然キレられて、ガチャ切りされたんです。以前からよくある母親らしい態度ではあったんですが、そのときは「なんで?!これ普通の会話じゃない!」と思って。怒りが湧いたし、もうこっちからは電話したくない!口も聞きたくない!って思いました
森雨
あ、それすっごい進歩だと思います。それってユウさんが「優しい人たち」「理想の会話」に囲まれて生きられているからこそです。子どもや夫のいる温かい世界がいい、不機嫌な母とは話したくない、って思えることが『自立』なんですよ。自分の考えや感覚を持てて、なおかつ母親を無視するという対抗できるのが毒親育ちにとっての『自立』なんです!その感覚マジ大切にしてください!

ユウさんは実家も近く、絶縁するのは難しいかもしれません。
しかし、絶縁せずとも距離を取ることは可能です。

お母さんの『安全基地』になってしまわないようにお気を付けください。
これからも可愛い息子さんと優しい旦那さんとお幸せに☆

ユウさん、ありがとうございました!

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