【絶縁4年目の真実】期待してるところ申し訳ないけど、親はまったく傷ついていないのです。

毒親について
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こんにちは、森雨です。

私の親との絶縁期間もとうとう4年を過ぎました。

本当に絶縁前には考えられなかった自分と親のことがボンボン頭の中に浮かんで
慌てて記事にしていったのがこのブログです。笑

というわけで、絶縁歴セミプロの私がこれまでに分かったことを
簡単に今回はまとめてみたいと思います。

親に期待しない、という楽なメンタル

親と絶縁して自分自身最も変わったなー、と思うのが
親に期待しなくなったことです。

絶縁する前は、親にこれまで辛かったことを訴えて、泣いて、喚いて、殺意をみなぎらせて
いました。

しかし、今では怒りもなければ恨みもありません。
ぼんやりとした悲しみが心の中で転がっているだけです。

絶縁して月日が経ってみると「ああ、私は親にずいぶん期待していたんだなぁ」と思い出します。

子どもの頃から暴言・暴力の世界にいたため、いつまでも「親が改心するかも」「親が『雨ちゃんはいい子ね』って抱きしめてくれるかも」
という理想を思い描いてきました。

しかし、夢は夢のまま。
私は親から褒められることも、なでられることもなく大人になりました。

大人になってからも、親が好きそうな服を着て、親が好きそうな職に就き、
親が好きそうなお菓子を買い、親が好きそうなものを好きになりました。

いつか親に認められたいという夢が捨てきれなかったんです。
だから余計に辛かった。

でも、絶縁してから。
親に「もうあんたたちの指図は受けねぇぞ!」って縁を切ってからは
親に期待しなくてよくなりました。

こちらから啖呵を切って絶縁したからには、頭をなでられて抱きしめられることもない。
「オニイチャンたちより好きよ」なんて言われることもない。

親は死んだものと思って考えるようになりました。

するとはじめは悲しかったし、怒りもあったんですが徐々に「仕方ないこと」と
考えられるようになったのです。。

だから今親に対して怒りがあるという人はそのうち(こう言っちゃなんだけど)もういないものと
して考えられるようになります。マジで。

スーパーで親が好きだったお菓子を見るたびに(く…あの人(母)が好きだったものだ)と
見たくもない!という感じでしたが、今では、

「これお母さんめちゃくちゃ食べてた~アハハ」という感じになりました。
もうハッキリ言ってこの世にはいないような感覚なので全く平気です。笑

……書いてて怖くなってきた。
でも事実です。

親は傷ついていないよ。罪悪感感じるのなんて無駄だよ

よく質問で、

「母と絶縁したら、母は死んでしまう気がします」

「親と絶縁するのはそのあとが怖いです」

という人が本当にたくさんいるんですが、これ勘違いなんです。

覚えててほしいんででっかい字で書くんですけど、

あなたの親はまったく、これぽっちも傷ついていないのですよ。

あなたが「もう家出る!」と鞄を持ったらオヨヨ…と泣く母もいます。
怒って大暴れしたり、
何かよくわからないことを(あなたが傷つきそうなことを)言って抵抗する親もいます。

このときあなたは多少なりとも色々と罪悪感を感じることになると思うんですが、
はっきり・きっぱり言って親たちはあなたが家を出ることにイチミクロンも本気で傷ついたり
していないので覚えておいてください。

これは私の実体験なんですが、昔母と私が絶縁状態でほんと2年ぶりくらいに会ったとき、
突然私の前に来て、口を開いてなんて言うかと思ったら
「母は雪解けを待っています…」
ってうっとりした顔で言ったんですよ。涙浮かべて。

私はその表情にマジでゾッとしました。
そして同時に「あー…この人私について何とも思ってないわ」
って心からホッとしたんです。ある意味。

子どもの反抗期の雪解けを待つ心優しいヒト=ワタシ!(親)

という美しい図式のなかに、私の気持ちやら状態が入り込む隙も無く、
そこにあるのはただただ自身の気持ちだけ。

そう思うと、そもそも子どもの感情や意志を無いものとして扱ってきた彼らにとって
今さら「絶縁する!」という強硬手段を取らざるを得なくなった子どもの気持ちなんてわかりっこないわけです。

知る手段もない。

だから「絶縁すると親は悲しむかも」なんて思うのは無駄というものです。

以上。

今回は短いですが重要なので書いておきました。

森雨