【私ってDV妻?】妻たちが怒りの『感情』をコントロールできない本当の理由。

『キレる』私
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こんにちは、森雨です。

今朝(5/21)のあさイチは『私ってDV妻?』というテーマでした。たまたま見たんですがそこで出ていた「怒り」についての話が興味深かったのです。

「怒りは寂しさの表れ」という言葉が胸に刺さりました。

そして、今回は「怒りの感情」について。

実はみんな感情、特に怒りをコントロールするのが苦手なようです。

それは毒親育ちに限りません。

その理由と、対策方法を今回は考えてみたいと思います。

【キレるってどういうの?】感情をうまくコントロールできない人たち

以前私も記事に自分が夫にキレてしまうということを何度か書きました。

キレるのをどうにかしたい私とキレられる夫。

『キレる親』の思い出と、『キレる』自分への考察。

常に自分が追い詰められてキレてしまう…ということに悩んでいました。
キレるってすっごくみっともないし、情けないし、物にあたってしまったりすると余計に後悔するし馬鹿みたいだし、とにかく子どもにそんな母親の姿見せたくないし…!ということで悩んでいました。それでも心のどこかで(キレさせる夫も悪い)と思っていたのもあります。

どちらにしろ、キレるのは自分変!キレる自分おかしい!と思っていました。

でも、最近対策やDVやモラハラ、毒親育ちについて勉強するにしたがって(もしかして私以外にもキレる人って相当いるんじゃ…)とも思いはじめました。

田房永子さんの『キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~ 』の反響が多かったのを見てもそうですし、DVやモラハラ・パワハラ問題・虐待を含めてもやっぱり「キレる」=怒りをコントロールできない人の多さに気づきました。

キレる相手が妻・夫・子どもであっても、また職場の部下なんかでも結局は一緒です。
怒りをコントロールできない人が多すぎるんです。

  • 相手のちょっとした言動が引き金になって突然大声で叫び、物を投げ、暴言を吐く。
  • 相手のミスが許せない、自分の思い通りにならないと暴力を奮う
  • 相手をとことん追い詰めるために努力を惜しまない

とことん相手が追い詰められるところを見ないと気が済まないんです…。

これはある意味病気のようなもので、自分で「治したい!」と願い、
自分を見つめなおすことが出来ないと治らないものなんです。

妻が怒りをコントロールできなくなった理由

「すぐキレる人、DVする人」って自分の感情を扱う術を子どもの頃から学んでこれなかった人たちなんです。

例えば、親の顔色ばかり窺って生きてきた人。
親を怒らせる言動をしてはいけない、と常にビクビクしながら育った人。
周囲に合わせて空気ばかり読んできた人。

そういう「いい子」は自分の感情より親や周囲の感情を読むことに集中してきたので自分の気持ちを後回しにすることが習慣化しています。

しかし、その蔑ろにされた感情は解消されるわけではなく心の中でどんどん溜まっていきます。

そして夫や妻の何気ない一言でぶわっとあふれてしまいます。これが「キレる」です。

実は日本人は特に怒りの感情をコントロールするのが苦手なんです。周囲と同じような感想を持つことを強制される風潮(同調圧力)で歩調を合わせることで共同体を作り、生活してきた私たちは自分の気持ちより周囲の気持ちを優先します。

「空気を読む」という言葉の反対語「KY(空気読めない)」の言葉が流行したこともありますよね。
「相手の気持ちを考える」のではなく「周囲の意向に沿う」ことのほうが大事だという風潮があることは確かです。

【妻の気持ち】自分の気持ちを認めてもらえない、という寂しさ

夫に「キレる人」は自分の気持ちを認めてもらえないという寂しさを抱えています。

妻の頑張りはなかなか見えないものです。最近では「名の無い家事」というのがSNSを中心に流行りました。
外で働く夫と違い、主婦は「やって当然」「頑張って当たり前」という社会の風潮があるのもありその頑張りが見えにくいのです。

いや「見えにくい」のは言い訳で「見ないようにしている」というのが正しいかもしれません。

(私の場合)夫の「頑張りを認めてくれていない」という不満はまず自分に向きます。

ネットやブログなんかで見るキラキラした主婦やママに劣等感を抱き、

(私の努力が足りないから…)

と自分を蔑みます。

親に言われてきた「お前はだらしがない」「お前は何をしてもうまくできない」という言葉が呪詛のように頭の中で響きます。

すると徐々に、(夫は私のことを親のように「だらしない・ダメなやつ」と思っているのではないか)と勘繰るようになるんです。(※夫は妻がそんな風に勘ぐっているなんてことはまったく気づかない)

そんな怒りと寂しさを内在したギリギリの状態で生活しているところに夫の何気ないダメ出しが投入されると
(やっぱりお前は私のことそんな風に思っていたのか!!)とキレてしまうわけです。

そうなってしまうと、好きな人にわかってもらえない寂しさや長年蓄積された努力を認めてもらえない辛さが決壊したダムの水みたいになって妻の中に流れ込んで、渦を巻き、二人を飲み込んでいくわけです。

『キレる』は内側に向かう場合もある

『キレる』原因を考えたときに、同じ幼少期からの歪みを抱えた人の中にも「キレる人とそうでない人」が
いることに気づきますよね。

「キレる人は甘えてる!どんな育ち方をしてもキレない人だっているんだぞ!」と思う人もいるでしょう。

実は『キレる』というのは自傷行為なんです。

ここで『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア: 自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本』という本が参考になります。

この本は『赤ずきんちゃん』を元に、赤ずきんとオオカミの心のトラウマを治す方法を物語形式で書かれていて興味深いんです。

怒りや攻撃性が外に向かうのではなく、自分自身へと向けられることも珍しくありません。
そう、オオカミさんは誰かをガブッとやっているとは限りません。自分自身にかみついたり、自分の爪でひっかいてしまったりすることが、よくあるのです。
【出典:赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア: 自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本より

この本の中でオオカミは被虐待児として描かれています。このオオカミのように、可愛らしく心優しい赤ずきんに劣等感を覚えてキレて襲う場合と、同じ理由でも劣等感からふさぎ込んで自傷行為に至る経緯をたどるパターンもあるのです。

「うちの妻は精神的に落ち込みやすい」「ちょっとした言動で傷つき、寝込んでしまう」「自分を責めて泣いてばかりいる」というのも心が悲鳴を上げているという意味では「キレる」状態と同じなんです。(だからキレる妻でなくてよかったー!と安心してはイケナイ)

【怒りをコントロールするには】自分の感情を客観的に見る訓練をする

例えば、怒ってキーキー言ってる子どもが目の前にいるとします。自分の子どもだと「いい加減にしなさい!」「お母さんもう知らない!」と怒鳴りたくなりますが、

例えばそれが、よその子だったら。

「何があったの?」

「どうして泣いてるの?」

「どうしたい?」

と言えるかもしれません。

これと全く同じことをイライラして今にも爆発する…!というときに自分にしてみてください。

「何があったの?」→「夫に『他のお母さんはもっと明るく頑張っている』と言われた」

「どうして泣いているの?(怒っているの?)」→「他の人と比べられて嫌だった。悲しかった・ムカついた」「私の努力を認めてくれていないと思ったら辛かった」

「どうしたい?」→「人と比べないで!って言いたい」「ムカついた、認められてなくて寂しい、と伝えたい!」

分析してみると、自分の感情が今どうであるか・なぜその感情が起ったのか・相手にどうしてもらいたいのかが分かると思います。こういうようにして、自分の感情を言葉にすることは大切です。

突然ですが、うちの3歳の息子は、(他の子もそうであるように)突然グズグズ言ったり泣いたりします。

そのときに私は「どうして泣いてるの?」「何があったの?」「泣いてるだけじゃわからないよ」と聞き、それでも答えられないでいると「もしかして○○が欲しかったの?」「おばあちゃんちに行きたかったの?」「眠たいの?」「痛いところがあるの?」と聞いてやるとたいてい「…眠たいの」「…公園に行きたかった」「オヤツ食べたかった」などと正直に何があったか答えてくれます。

自分の「こうしたい」という気持ちと、同時に沸き上がった不快な感情をごちゃまぜにせずに分析する力を育ててやることは自己肯定感を養うために大切だと思っています。

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)にこんな言葉がありました。

子どもも成長するにしたがって、相手の気持ちや立場を考えて、自分を表現できるようになります。

しかし、それまでは、親は、子どもが素直に気持ちを表現できるように導かなくてはなりません。
子どもを叱りつけて、気持ちを押し殺させるのはよくないことです。感情を素直に表現するのはとても大切なことなのです。

気持ちを押し殺していては、上手な感情のコントロールもできません。

【出典:子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)『叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう】

泣いたり、怒ってばかりいるようじゃ、感情のコントロールは出来ないんです。

少なくとも相手には「キレてる」「泣いてる」という様子しか伝わりません。あなたがどういう気持ちでいるのかはサッパリわからないんです。

それなのに「認めてくれない!」と怒るのは小さな子どもならまだしも、大人の行為とはいえません。

しかし、毒親育ちでなくても、子どもの頃から泣いていると「うるさい!」「これくらいで泣くな!」「泣いてるとおかしいよ」なんて言われて育つとつい自分のしたかったことより「泣いている」という行為自体を押しとどめることに必死になって自分を粗末に扱ってしまう結果になるんです。

このことに気づけないからこそ、「怒り」をコントロールすることは難しいんです。

自分の機嫌は、自分で取らなくてはいけない

↑キレる大人って客観的に見るとバカボンの本官さんっぽいよね…

これは私自身にも言えるんですが、「自分の機嫌は自分で取らなくてはいけない」んです。

相手に依存し、大好きな夫だから(妻だから)私の気持ちをわかってくれると勝手に思い込んで怒りをまき散らしたりしてはいけないんです。

例えば、赤ちゃんが泣くと周囲は「オムツかな?」「おっぱいかな?」「抱っこかな!?」なんて言って大騒ぎしますよね。
赤ちゃんは自分では何にもできないので、機嫌を取ってもらう(要求に応えてもらう)ことで生きることができるんです。ちやほやされることで、自己肯定感と安心感を得ることが出来ます。

しかし、もしこれが大人だったら…キレる上司や夫、妻がワーワー言ってたら同じように「眠いのかな?!」なんてなかなか思えませんよね。大人だとただただキーキー言われると普通は「迷惑だな…」「困った人」「関わりたくない」という感情になるはずです。

相手と長く、気持ちよく、一緒に過ごすためには、自分の感情には自分でアクセスしてやらなくてはいけないんです。
そして原因がどこにあるのかを探り、自分の不快な気持ちを解消させるために策を練ってやらなくてはいけません。

ちなみに、私はよく「自分の機嫌を取るために」仕事を早めに中断して映画を観たり、寝たり、夜は外食したり、家族でスーパー銭湯に行ったりします。すると自然と機嫌が直っていて(私ってつくづく単純なんだな…)と思うこともほんとによくあります。笑

最近では「ヤバイ!」「キレそう!」という段階に至る前に必ずこうして先手を打つことを学びました。自分を許し、我慢させず休ませてやることが私には重要だったんだと思います。(毒親育ちはつい頑張りすぎてしまうのでね)

まだまだ発展途上ですが、そんなこんなで「キレる私」はいつか卒業できるという希望が湧いています。私の場合子どもを見て学ぶことも多かったです。

全国の『キレる妻(私)』さん、またその周囲の人の参考になれば幸いです…。

森雨でした。

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