毒親育ちが「コミュ障」になる理由。私たちが相手との関係を悲観してしまう原因

境界性人格障害
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こんにちは、森雨です。

私と同じく関西にお住いの皆さん、大丈夫でしょうか。
うちは阪神間なので大阪の北区よりかは被害は少なかったですが、
久々の大きな地震でしばらく息子を抱いて緊張がほぐれませんでした。。

昨日は保育園はお休みで、今日から仕事も保育園も再開です。
ただ、やはり余震(本震?)が続く恐怖から心配でなりません。

非常持ち出し袋をチェックして、昨日はホームセンターに走ったりしました…。
人生、いつ何が起こるか分かりません。
何も役に立つこと言えませんが、皆さん本当に引き続き気を付けていきましょう。

今回は毒親育ちの方(ボーダー・愛着障害・ACなど)の他者との関係についての話です。

毒親育ちの方の中には、他者とのコミュニケーションがうまくいかなくて困っている人が大勢います。大きな問題から小さな問題まで色々とありますが、根本的には幼少期から培われた「認知の歪み」が原因です。

毒親育ちは相手と関係が近づきすぎたり、逆に打ち解けられなかったりして距離感がつかめません。

そのことを「毒親育ちであることに原因がある」と気づかない場合はお互い不幸です。

特に、恋人同士・夫婦となると相手に極端に依存してしまって相手の重荷になる場合がすごく多いです。

どうすれば相手とほどほどの「普通の」距離感がつかめ、お互い無理なく付き合えるようになるのか…
今回はそこの部分を考えてみたいと思います。

目次

【はじめに】「人は一人では生きていけない」ということ

人は一人では生きていけません。

たとえ自分が「私は人づきあいが下手だから、一生一人でいよう」と思っても、
それは無理です。

人は人と一緒にいるからこそ人生に喜びを感じることが出来ると思います。
最近息子が図書館で『ともだち』という絵本を借りてきて
毎晩読まされているんですが、3歳の息子が「ともだち」を欲しているということが本人の表情からもわかります。

うちの親は「友達なんてくだらない!」という人たちだったので、私は友達作りが下手でした。
いないわけではなかったんですが、とにかく下手でした。
心では人を求めても、実際付き合うと苦痛で一人のほうがずっと楽だと思ったことも多かったんです。

息子には友だちを思いやり、また自分にも何かプラスになる人間関係を築いてもらいたいと思います。

少なくとも、他者を蔑んだり、逆に媚びへつらったり、いじめたり、いじめられたりするような異常な関係を「普通」だとは思ってほしくないです。
そのためにも今回は毒親育ちの他者との関わり方についてしっかり考えたいと思います。

【毒親育ち】他者との関係が「上下の関係」になってしまう

毒親育ちは相手との関係がおかしいです。
その一つが「なぜか上下関係になってしまう」というもの。

友人とでも、恋人とでもなぜか常にどっちが上でどっちが下か無意識に意識してしまうんです。

ここでいう「上下」は会社での上司と部下…という間柄のようなものではなく、加害・被害の関係になるということ。

「相手に傷つけられた」「相手はいつも私をバカだとバカにしているに違いない」
という被害者感情。
「(私もされたから)傷つけてやる!」「(私もされたから)馬鹿にしてやる!」
という加害者感情。

行きつく先はDV(ドメスティック・バイオレンス)となり、暴力に発展する場合も多いです。

そんな不健全な他者との関係になってしまう原因は、

  • 相手の気分に巻き込まれやすい
  • 幼少期に親子関係が服従関係だった(愛着形成がなってない)
  • いつも被害者である

この3点です。

【毒親育ちの人間関係】相手の気分に巻き込まれやすい

毒親育ちは相手と自分との境界が実にあいまいです。
自分の望むことは絶対に相手も望んでいると勝手に解釈して物事を進めてしまうんです。

例えば毒親育ちの母親が「あんたのために入塾手続きしてきたよ!」と喜んで言って、
子どもが「いや、塾なんて行きたくないよ…」と言うと、

「せっかく私が手続きしてきたのに!」と怒り出します。

毒親育ちの夫が「プレゼントだ」と言ってクソださいセーターを買ってきてビミョーな顔を
していると「せっかく買ってきたのにその態度はなんだ!」と怒鳴り、暴れたりします。

こんな理不尽な相手の対応。
でも毒親育ちなら親も自分もどこか心当たりがあるはずです。

「相手もそう思っているはず」というのは一種の依存関係
毒親育ちで距離感がつかめていないのが原因です。

同時に、毒親育ち特有の「相手の感情を過度に気を遣ってしまう」という幼少期からのクセも原因のひとつです。
相手が少しでも自分に対し不快に思っていると感じたら瞬時に察知して
「相手は自分に対しガッカリしている…!もうだめだ!」と焦り、悲しくなってキレてしまうんです。

理由はどうあれ、結果的に相手の気持ちを無視した形になることは間違いないので相手の負担になります。
そしてそうした発想が抑えられない自分も同時に苦しみます。

【毒親育ちの人間関係】幼少期に親との人間関係が服従の関係だった

これはもっとわかりやすいんですが、幼少期に親との関係がいびつで親にコントロールされ、
完璧な成績でないと許されなかった、また絶対服従など極端な上下関係で
とても愛着形成が培われないような環境で育つと当然ながら相手との普通の関係が築けません。

こういった環境にいた人は虐げられてきた分大人になってからは絶対に相手の上に立ってやろう!と躍起になります。
それは露骨に暴力に出る場合もありますし(自分がされたようにする)
優しそうに見えて相手の失敗や痛いところをついて罪悪感を感じさせたりして優越感に浸る場合もあります。

わかりやすいくらい典型的なDVに発展するのです。

普通の愛情のある家庭で育つ子どもは、親に甘えたりわがままを言ったりして親の愛情を試します。
しかし、過度に厳しい家庭で育ち「甘えやわがままは許さない」と躾けられた子は愛情に飢えています。
甘えること自体が罪である、という認識なので相手の甘えは決して許しません。

親が完璧主義者だったので、自分が失敗するのが許せずパニックになり、
いざとなると苦し紛れに人のせいにしたり、相手に怒りをぶちまけたりするのもその特徴です。

【毒親育ちの人間関係】いつも被害者である

毒親育ちの人はいつも自分が誰かに攻撃されていると感じます。

自分にかけた相手の言葉の裏を読もうとしたり、
相手のちょっとした態度で自分をどう思っているかをネガティブに判断します。

そして(相手がそんな風に思っていなくても)「あの人は私を馬鹿にしている。ひどい人」と
判断して相手を避けたり、必要以上に気を遣ってしまいます。

また、相手が対等な立場かまた部下や子どもの間柄だとわけもわからずキレて喧嘩になる場合もあります。

結果的に周囲が腫れものに触るような態度でよそよそしくなって避けるようになると、
「みんなが私を悪者扱いする」とその状況でまた悩みます。

常に悩みが周囲の責任となるのも解決にならない原因です。

毒親育ちは虐待の被害者である、というのは事実ですが、この感情は脳に焼き付いていて
似たような状況になるとフラッシュバックのようによみがえり「再演」してしまいます。

【人間関係をうまく築くために】『二分法的認知』を自覚する


毒親育ちの人の中には、相手と仲たがいした場合に再び元の関係を築くというのが信じられない人が多いです。
理解してもらえないなら、別れる。もう二度と会わない。
というような相手との関係のドライさ。

「白か黒か?」をハッキリ決めて「自分には合わないんだ」と思うと諦めが非常に早いんです。

物事を両極端にしか考えられないのは人とのコミュニケーションにおいて厄介です。
どんなことも完璧ではなく良い面もあれば悪い面もあるんです。
それは物事でも人でも同じこと。

境界性パーソナリティ障害で見られる、対人関係や気分の麺での両極端な変動を生み出したり、増幅したりする原因となっているのが、
この二分法的認知である。
(中略)
現実の物事は、完全によいものも無ければ、完全に悪い物もない。ましてや、完璧な善人もいなければ、完全な悪人もいない。
現実の存在はさまざまな面を持ち、じょうきょうによっても揺れ動くものである。
そんな現実を全か無かで判断するということは、現実を過度に美化しているか、過度に悪く見ている。つまり現実をありのままにみていないということである。

【出典:境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書)

この「完璧主義」の『二分法的認知』が何をもたらすかというのは一言で言うと「不幸」である。と本文は続きます。

どんなにうまくいきかけていることでも、少しでもアラを見つけると「もうだめ!」と全てを否定し、投げ出してしまうこと。
周囲の優しい人が自分にどんなに親切にしてくれても、相手のちょっとした言動で傷ついた瞬間に相手との関係を断ち切ろうとしてしまうこと。

だが、もっとも厄介なのは、自分の思い通りになる人は「いい人」、ならない人を「悪い人」とみなして、周囲を分断していくことである。
「いい人」に「悪い人」からされた仕打ちを訴え、一層同情を引くとともに、「あなただけが分かってくれる」と「いい人」を持ち上げ、知らず知らずのうちに
コントロールしていく。

毒親育ち(ボーダーや愛着障害の人)に心の支えになる人は確かに必要です。
親代わりになって愛着形成を一緒に手伝ってくれる人の存在は大きいです。

毒親育ちの中に『二分法的認知』が存在する限り支援者を敵にも味方にも見てしまいます。

例えば夫や彼氏に対し「愛してる・大好き・一生一緒に…」なんていうラブラブモードから、一転、
夫が何かこちらの意図に反するような言葉を吐くと「もうダメだ!別れる!」とナイフを持ち出してキレるなんてことはよくありますよね。

ここで大事なのは、周囲を『二分法的認知』に見てしまう自分のクセを自覚すること。
何でも完璧にこなそうとせず、相手のいいところ・物事のいいところを見るようにすること。

相手も自分も同じように限界があり、また考えがあるということを自覚して
相手にも痛みや苦しみがあることを理解するようにすることです。

これが相手と対等な立場に立つ、ということです。

『二分法的認知』は境界性パーソナリティ障害を支援する人にも伝染しやすく、ボーダーの周囲の人が(たとえ同じようにボーダーを支援するという目標の下にいたとしても)本人の感情に振り回されて対立したり反目したりしてしまうようです。必ず支援する側の人(家族や恋人)は本人のこの『二分法的認知』について理解し、巻き込まれないように注意してください

【人間関係をうまく築くために】普通の人間関係を保てる人と知り合うこと

例えるなら、毒親育ちにとって人とのコミュニケーションや付き合いというのは「ルールを知らないスポーツ」です。
テレビでは見たことがあるテニスを急に始めるみたいなものだと思います。

多少打てるようになるには、上手な人に教えを乞うか、上手い人のラケットの振り方を観察することです。
「ああいう場面ではあんな感じで振るんだ」「こうしたら相手とのラリーが続くんだ」
なんて観察しながらこっそり勉強させてもらってもいいかもしれません。

コミュニケーションにおいて相手を立てながら、対等に気持ちよく話す…なんてことは難しいことです。
ただ、出来るようになると「また一緒に飲もうよ」「また一緒に遊ぼう」というお互い無理のない関係が築ければ人生がもっと明るくなると思います。

「どうせ私なんて誰からも相手にされない…」「友達がいないんだよ」なんて自分を卑下するのも毒親育ちの特徴です。
単にテニスの打ち方を知らないだけで、知ればもっと楽に、楽しく出来るはずです。

↑今回は「第三章」を参考にしました。

↑こちらの「関係を育てる」という章も参考にしています。

森雨でした。

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