【のぶみ×炎上】ママがいつまでもオバケのまま成仏できない理由

子どもの解釈を決めつけるべきではない
考えたこと
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こんにちは、森雨です。ご機嫌いかがでしょうか。

Twitterで最近また絵本作家ののぶみさんに火柱(炎上)が立っているのを見まして。
「またやってるなー」と遠目に見ていたんですよ。こうなるともう完全に『炎上商法』だと思っているので「まあのぶみ好きな人は好きなんでしょうなぁ」くらいのもんですよ。燃え盛る炎に手を突っ込まずにはいられない人もいるんでしょう。

以前このブログでも一度『おかあさんだから』の歌詞について言及したことがありましたよね。

このときは「ちょっとあんたはお母さんと言うものについて何か(時代錯誤な)勘違いしてやしませんか?」というメッセージを込めたんですが、今回出版される予定の『はたらきママとほいくえんちゃん』という絵本でもやっぱりまだなんか…

のぶみ氏にとりついている『母性神話』みたいなものが成仏しておられなかったようなので今回はもう少ししっかり除霊させていただきます。

別に「本人に届け(^^♪」とは思っていないのでせめて「のぶみ好きィ…(#^.^#)」という危険信号が点滅している親御さんはぜひ読んでくださいね。

【のぶみの誤解】お母さんはそこまで弱くない

ハッキリ言って、のぶみはお母さんという生き物を馬鹿にしているんです。というより、弱いものだと勘違いしている。

『お母さんがオバケになっちゃった!』という突然うっかり死んじゃった(らしい)お母さんや『保育園に子どもを預けて働いてるけど罪悪感でいっぱい』な母親を出して泣いたりわめいたりさせていますよね。

「私ってダメママね…」「ごめんね○○くん…」という感じの『子どもに謝罪ママ』を描きまくって一部の親をエンエン泣かせまくっているらしいのですが、イチ母親の正直な感想として言わせていただくと、

「私たちってここまで馬鹿じゃないし、ダメじゃないと思う…」

という感じなんですよ。

確かに、風に吹かれたら飛んでいきそうなママも中にはいるんでしょうが、多くの(少なくとも私の知っている周囲のお母さんたちは)そんなにヤワじゃないですよ!

台風の中、保育園帰りに子ども二人自転車に乗せて「オラオラオラァ!」って突き進んでいくようなパワフルママですよ。でないとあんなに辛い出産育児乗り越えてませんよ。笑
パートで抜けるときだってもう慣れたもんで回を重ねるごとに堂々と帰ってますよ。で、「37度5分で呼ぶなよな!保育園!」ってブツブツ言っているくらいの図太さはありますよ。少なくとも(子どもが可哀想で可哀想で…)なんて言って涙と鼻水出して店長に言いたいこと言われて頭を下げて帰るような人聞いたことありません。。

あまり女性を馬鹿にせんでください。

【のぶみの誤解②】子どもを馬鹿にしちゃいけないよ。

バーっとのぶみ氏の絵本を読んでいて思ったんですが、子どももちょっと馬鹿にしてやいませんか?

『お母さんがおばけになっちゃう』系の絵本を子どもに読んだら子どもがめちゃくちゃ嫌がった。
子どもにトラウマを植え付けることになるかも…という言葉に対して、のぶみ氏は「トラウマになるくらいでちょうどいい。そのほうがお母さんが大事ってわかるから」と言っておられたようですが、この「子どもがめちゃくちゃ嫌がる」というのは決してお母さんが死ぬなんて怖すぎるからという理由以上にその絵本がとことん悪趣味で面白くないからなんじゃないかと思います。。

もし子どもの心にズドーン!と響くようなものなら、子どもは絵本を繰り返し読んでと言ってくるものです。

大人が「なんでこんな地味な絵本がいいの?」というような絵本でも何か心に残るものがあれば繰り返しリクエストされます。本当です。

そのほかにも、例えばのぶみ氏は新幹線ものの絵本に顔を付けてデフォルメを効かせて「しんかんくん」みたいな絵本を出して子ども受けを狙っておられるようなんですが、乗り物好きなうちの子は3歳でそれが新幹線に特に詳しくない人が描いたものだということを見抜きます。

↑のぶみ氏の「しんかんくん」シリーズ

だから、本当に乗り物のギミックを研究して描いている圧倒的に本物に忠実な絵柄を好みます。
「しんかんせんにお顔はないよね」というのが息子の素直な感想です。笑

ところでサンリオのしんかんせんキャラクターと酷似していると思うのは私だけでしょうか…。

↑息子の好きな山本忠敬氏の乗り物絵本

子どもを馬鹿にしちゃいけません。それが自分のような子どもに媚びたものだと3歳児でも察知するんですよ。
子どもだからこそ、ごまかしがきかないんです。絵本を描く人ならそのことを知っていてほしいと思いますね。

オバケになったまま成仏できないのぶみの『お母さん』

私は別にのぶみ氏が元暴走族だったこととか、不登校だったこととかに関しては興味はないんですが、ただ彼の作品を読んでいて率直に思うのは、彼自身が大人になりきれてないことが母親の自己犠牲的な絵本を描いちゃう理由かなと思います。

彼は絵本作家になったのも、絵本を描いているのも結局自分がそうしたいからしているのではなくて親や妻や周囲の人…誰より好きな母親に「認めてほしい」「愛してほしい」という想いがあるんでしょうね。

お母さんが好きでたまらない。
でも、期待した愛情が得られかったことをずっと引きずっている…。

そう思うと『オバケになっちゃった!』系のシリーズや『このママにきーめた!』なんかを描いている光景は承認欲求そのものですよね。
恐怖から泣く子どもとその絵に母親が涙して子どもを抱きしめる光景を自分自身に置き換えて「ママ大好き!死なないで」って言わせて親子が無駄に愛情を確かめ合っているのを想像して自分を癒しているんだと思うとこっちまで泣けてきます。。

同じ毒親育ちとして同情してるんです。

でも、だからこそそろそろ内面の期待を裏切り続ける『母性』を成仏させてあげなくてはいつまでもああいう絵本を描き続けなければいけなくなるんです。。

だってもう「のぶみの期待するお母さん」はいないんだから。もうのぶみは子どもじゃないんだから。

周囲の誰か近しい人がそう伝えてあげる必要があるんじゃないんですかね…。(でもそういう人がいないみたいなんだよね)

のぶみと愛する子どもを利用する悪質な大人たち

そんな中またグラグラとこちらに猛烈なめまいを起こしてくれる本が出ました。
かみさまは小学5年生』というオカルト本です。

「『胎内記憶』を持って生まれてきた(らしい)すみれちゃん(小5)の発言が神様っぽくて泣ける」という良くも悪くも噂になっているこの本…。

胎内記憶に関して言いたいことはたくさんあるんですが(その辺は皆さんご想像の通り)省きます。
私が問題だと思うのは、こういう大人の期待に応えたいという子どもの潜在意識を利用して商売する大人の汚さですよ。

私にもそういう過去があるから言えるんですが、子どもって想像以上に大人の期待に応えることに敏感ですよね。親が言ってほしい言葉やしてほしいこと、逆にしてほしくないことはすみれちゃん(仮名?)くらいの歳になるともうお見通しだと思いますよ。

だからこそ、あえて大人のオカルト小学生モデルになってまで愛される努力をしているわけです。。(ツラすぎる)

すみれちゃんは自分が愛されるには大人の期待するような言葉を言わなくてはいけないことを知っているんです。周囲の大人の期待するスタイルを追求してこうなってるんです。

『このママにきーめた!』を愛着を患ったのぶみに描かせ、炎上してでも利用して神輿にあげて承認欲求を満たしてやる謎の人間たち。

ある意味で「かなり悪質な毒親たち」ですよね。

「いつまでも俺たちの『子ども』でいろ!」「純粋無垢な子どもが欲しい!」という希望通りに動かせているんだから。それで金儲けしてるんだから。

めちゃくちゃ悪質です…!

【目を覚ませ】のぶみファンに読んでほしい絵本

子どもの解釈を決めつけるべきではない

というわけで「のぶみ好き…」というフィルターつきのメガネをかけた気の毒な大人たち(のぶみ含め)に読んでほしい絵本を何冊か紹介します。

紹介する絵本はすべて絵本作家が心を込めて描き、子どもの意志や目線を尊重しているものばかりです。ぜひお子さんや拗らせた自分に読んであげてほしいと思います。

林 明子著 『いってらっしゃーいいってきまーす』

主人公のなおちゃんは絵描きのお父さんと会社員のお母さんと3人暮らしです。毎日お父さんが保育園に連れて行き、帰りはお母さんがお迎え、という生活ですがのぶみ氏の絵本のようにどっちか(特に母)が猛烈な罪悪感なんか抱えていないし、お父さんはちゃんとなおちゃんを園に送り届けています。なおちゃんの日常に親の勝手な妄想や憶測が入る余地はありません。ただただ、なおちゃんは保育園に行き、何か発見しながら帰って来るだけです。
林明子さんの丁寧な描写とどこか懐かしい街と保育園の風景に心打たれます。

酒井駒子著 『よるくま』

夜寝る前子どもが「くまの子」がうちに来たと言いだすところから物語はスタート。読み方によってはファンタジーかもしくは子どもの夢の話…どちらでもいいか。
夜にくまの子がやって来ていなくなったお母さんを探すんですが、お母さんは魚を釣ってお仕事している最中だったんですね。探しに来た子どもをおんぶして帰りながら、
のこりのさかなは おさかなやさんにうりましょう。
そのおかねで なにかおうか、おまえにじてんしゃ かってあげようか。
ああ あったかい。おまえはあったかいねえ。
きょうは このままだっこしてかえろう。
あしたになったら おさかなをやこうねえ。あさごはんにたべようねえ。
それからバスにのって じてんしゃやさんに いこうねえ。
どんなのがあるか いろいろみてみようね。
【酒井駒子 『よるくま』より】
「お母さんは僕の為に楽しく働いている、明日は稼いだお金で一緒に自転車を買いに行ける」というポジティブな目で働くお母さんを見ているんですよね。お母さんがいなくなった(仕事に行った)のは寂しかったけど、お母さんは僕を忘れたわけじゃない…という少し複雑だけど理解をしようとする子どもの成長が感じられる絵本、それが『よるくま』です。
『よるくま』のお母さんの強さも感じられて私は好きですね。少なくとも働くことを子どもに泣いて詫びたりはしていない。笑

アリスン・マギー著『ちいさなあなたへ』

いつか子どもが成長し自分の元を離れていったとしても、子どもと過ごした愛おしい記憶が親にとっては何よりの贈り物だよ、という普遍のメッセージが込められた絵本です。
「子どもの成長が寂しい」というのは子どもにとってではなく親の問題であるし、また自分自身もそうして子育ての経験を経てまた親という役割の寂しさを味わうものだということですね。
子どもの目線で描かれた絵本ではないですが、『元・子ども』としては胸にくるものがあると思います。

【最後に】子どもの人権を守るという当たり前のこと。

たかだか絵本で大げさな…と思う人もいるかもしれませんが、子どものうちに触れるものは全て大人に責任があります。そこからどう考えて行動するかは子どもの自由かもしれませんが、子どもは思った以上に大人に影響を受けるんです。

だから、大人は一歩下がって子どもの意志を尊重してやることが必要なんです。物事に対して「こう感じてほしい」と思うのは大人の勝手で子どもはまた別の目線で解釈している可能性は高いんです。

大人に人権があるように、どんな小さな子どもにも人権はあります。子どもがどう感じるかは子どもの自由であるべきです。

のぶみ氏が何を描くかは自由ですし、『胎内記憶』があると主張する人がいるのも結構ですが子どもがそれについて傷つけられるのは間違っているし、そう強制するのはもっと間違っています。また同時に「子どもも大事だけど働く自分も大事にしたい」というのは子どもの人権を守ることにもつながると私は思いますね。

とにもかくにも、そういうことを強制する勝手な奴らからのノイズから逃れることは重要です。

以上、森雨でした。

↑『母性神話』って何?という人はこの記事を読んでくださいね。

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