毒親で悩んでいる人を批判する人は想像力が著しく欠如している。

考えたこと
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こんにちは、森雨です。

先日、こんなツイートをしました。

恐れ多くも、サッカーの本田圭佑さんのツイートにすみませんね。

しかし私と彼の間には何の忖度もないので。笑

思ったことを書けるっていうのがSNSはいいところですね。
もちろん難点もあるけども。

しかし、こういう若者に影響力のある人が
サラッとこういうのを上から目線で言っちゃうっていうのは
非常に困る。

今でも日本中、いや世界中に親のことで幼いころから
辛い思いをしてきて苦しんでいる人間は大勢いるわけですから。
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目次

毒親問題で悩むのは全然恥ずかしいことじゃないよ

毒親について悩んでいる人全員に言いたいんですが、

まず、毒親で悩んでいる人は大勢いるし、

毒親で悩むことは恥ずかしいことでも、
情けないなんてことでもないです。

「親を悪く言うなんて」と他人に言われる100年くらい前から
毒親育ちはそのことを何度も自分に言い、責めてきたんですよ。

そのことは少なくとも本田圭佑は分からなくても、
わたくし森雨は痛いくらいわかるので安心してください。

『想像力の欠如』としか言いようがない

以前から、

「親のせいにするなよ」

という人間に会うと、
なぜかわけのわからないところから
むくむく怒りが湧いていました。

しかし、今はなぜ無性に腹が立つのかわかります。

「親のせいにするな」なんて軽々しく、
相手のこれまでの生育環境を細かく知ることもなく、
またそれによって受けた心の傷なんて想像することもなく、
生きてこれたんだろうと想像するからです。

つまり、幸せな人生を送っている人だろうと思うんです。

幸せは時に人を盲目にしてしまいます。

そして、想像力を欠如させてしまうのです。

『幸せな人』は自分自身が自分で勝ち得た
正しいルートを通り、絶え間ない努力の結果、
その場に立っているのだと思い込んでいます。

しかし、実は運が良かっただけに過ぎないのです。

「親のせいにするな」

と言う相手の親が

アルコール依存症

DVを受けている(している)

子どもに虐待をしている

精神的に不安定

だとしたら、そんなことは本人は決して口にせず
「それは辛かったね」と同意し、
不運な相手の心を慰めようと努力するはずです。

相手の痛みを想像する、ということ

「相手の痛みを想像する」

この力が私は人間にとって一番必要な力なんじゃ
ないかと思うんです。

子どもにも、勉強もスポーツも別に出来なくていいから
「相手の痛みを想像する」力だけはつけて大人に
なってほしいと心から願っています。

幸せな環境で自分本位の考え方に浸り、
自分以外の人間を蔑むような人間にはなってほしくないと
思っています。

同時に、

「相手の痛みを想像する」ことが出来ない人間の近くに
いたら必ず傷つきます。

そういう人のそばにいるかも、と感じたら
すぐに離れること。

このことは覚えておいてください。

毒親育ちでよかったと思う唯一の点

とはいうものの、

私も自分がもし幸せな家庭で育ち、

発達障害もなく普通に仕事をし、

結婚相手にも、経済的にも十分恵まれていれば
こんな風に人の立場に立って物事を考えたり、
想像したり、

こうしてブログに毒親育ちと気持ちを共有することも
なかったんだと思うと、

こっちの人生も悪くは無いと思います。

今は。

森雨でした。

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