虐待の連鎖は本当に止められないのかー大阪二児餓死事件について考える

大阪二児餓死事件
虐待が起きた原因は?
考えたこと
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こんにちは、森雨です。
今回の記事は、これまでずっと温めてきた児童虐待についてです。

これまで私は記事で育児という過酷な世界について解説してきました。

私たちが「好き好んで」子どもを産み、育てる中でなぜ虐待が起こるのか。
命を懸けて産み、育ててきた可愛いさかりの子どもたちに手をかけてしまうのか。

毒親と呼ばれる親を持ち、今は親と絶縁している子持ちの私が考えることと、二人の乳幼児が犠牲となった大阪二児餓死事件について考えたことをまとめてみました。

母親たちが忘れられない大阪二児餓死事件

今回考えるために参考にしたあの『大阪二児餓死事件』を元にした2冊の本。

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正直読むのは辛かった…子どもを寝かしつけたあと読んでいたんですが、読みすすめていけばいくほど子どもや母親の過酷な環境に想像が膨らみ、しばらく不眠になりました。
家事をしていても、仕事をしていても、おむつを替えていても頭から離れませんでした。

犠牲になった子たちは二人とも未就学児。1歳と4歳。

今のうちの子たちと全く同じ。

死んでいった子どもたちが飢えと渇きの中どんなに母を求めて泣いていたかを考えると涙が止まらないんですよ。

事件当時は私に子どもはいなかったんですが、事件現場の献花台には全国から多くの母親たちが来ていて「気づいてあげられなくてごめんね…苦しかったよね。悲しかったよね」と子どもを抱え震える声でジュースやお菓子を供えていたのはよく覚えています。

日本中に衝撃が走ったこの事件を起こした母親は、子どもをほったらかして男と遊んでたことで強い非難を浴びました。
アパートの一室に子ども二人置き去りにして、食べ物はコンビニの弁当やジュースを数日に一度置いていくだけ。

最期は既に白骨化し始めた子どもを見届けて、再び男の元へと向かっています。

子どもを産んだ当初はSNSに子どもの可愛さを幸せいっぱいに投稿していたのに、どうしてこんな風になってしまったのか。

事件について調べてみると、容疑者(以下彼女)が、

大阪二児餓死事件の容疑者
  • 母親からネグレクトを受けていたこと
  • 父親が有名なラグビーのコーチだったこと
  • 離婚後、誰にも頼る人がいなかったこと
  • 養育費をもらっていなかったこと
  • 強い孤独感を抱いていたこと

こういう事情を抱えていたことが分かりました。

このことを知っていたら、世間の彼女に対する印象は違ったものになったかもしれませんし、ならなかったかもしれません。

今回一つずつ紐解いていってみます。

ネグレクトが人の心に植え付けるもの

ネグレクト。俗に『放置子』とも呼ばれます。

親に衣食住の面倒を満足にしてもらっていない状態のことを指します。虐待の一種ですね。

彼女は母親が家を出ていってから、長女である彼女が下の子たちの『母親代わり』になって家事育児に耐えていたそうです。教師をしていた父親も忙しさゆえに子どもたちの世話まで行き届かない状態が続いていました。

母親代わりとなる長女や長男の子どもたち…。

まだまだ親の愛情が必要な頃に母親をやらされるということは、想像以上に残酷なことです。

同時に彼女が母親に捨てられたという心の傷を抱えていたことは解離の症状からわかります。

「私はお母さんに嫌われているのだと思っていました。
お母さんに叩かれた記憶自体はありませんが、お母さんに叩かれるのが嫌で、怖かったという記憶はあります。
虐待を受けた記憶はありませんが、お母さんが嫌なことをするという気持ちはありました」
<中略>
解離性障害を持つものは解離している間の記憶がないことが珍しくない。解離性認知操作をする者の場合、事実そのものの記憶はないがそのことがあったことは記憶していることはある。
それはどちらも自分を守ることへの防衛機制だ。そうすることで自分では対処できない過酷な現実に直面しなくて済むからだ。

【杉山春著 ルポ虐待 より】

虐待が解離を引き起こすことに関しては以前も何度か記事にしました。本も紹介しています。

虐待を受けた人が孤立するということ

虐待を受けた人にとって解離の次に怖いのが『孤立』です。

彼女は離婚後、一人になってしまったんです。

彼女の置かれた育児の環境はお金もなく、頼れる人もない状態でした。

風俗店の用意したアパートで子ども二人の世話をし、夜は働いていました。
託児所もあるにはあったけどとても安心して預けられるようなところではないと判断し、彼女は家に子どもを置いたまま働きに出ました。

夜に子どもを置いて家を出るということ。

これは母親ならわかると思うんですが、普通出来ませんよね。
夜泣きで起きたり、突然の発熱なんてこともある。そうでなくとも、自分が留守の間に何かあったら…と考えるととても普通の母親ならしないことでしょう。

しかし、彼女の場合生活がかかっていたんです。

もし誰か支えになってくれる人がいれば、その人に預けることも出来ただろうし、相談してもっと良い夜間保育所を探せたはずです。

孤独の中で生きてきた彼女は、生活の困りごとを他の人に相談するという選択肢すら持っていなかったのではないかと思います。

夜通し遊べる友達がいても、本当に困ったことは相談できない。

そもそも、相談できるような人間がいるとは思えなかったのではないか?

自己肯定感の低い彼女が誰かが自分の為に知恵を貸してくれるとは到底思えなかったのではないか?

いつもそんな風に思うのです。

『安全基地』を探し求める母親たち

大阪二児餓死事件で被告の非情さに世間は驚かされました。
子ども二人を部屋で餓死させたまま、男と連日遊び歩いていたからです。

虐待のニュースでよくあるのが、同棲中の彼氏と母親が子どもに虐待してしまうパターンですよね。

なぜ母親たちは男を作ってしまうのか?

それは、母親たちの多くが『安全基地』を男に求めてしまうから。

虐待などから愛着障害となった人が親から得られなかった安らぎや愛情を親以外から求めるようになってしまうからだと思うんです。

親が与えてくれるはずだった無償の愛に代わるものを自らと引き換えに男から(言葉巧みに女をもてあそぶ人間から)愛情や関心を得て、不安定な心を持ちなおそうとしているんですね。

大阪二児餓死事件の彼女はそれに加えて、『解離』の症状がありました。

お金も将来も頼れる夫もいない辛い現実を直視できずに『解離』してしまったんです。
幼少期から張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れてしまったんだと思います。

そのころから家に帰ることが少なくなっていきました。

母親を求めてどれだけ子どもたちが飢え、泣いて過ごしていたかわかりません。本当に考えれば考えるほど、胸が痛みます。

母親業の舞台から落ちてしまった彼女は、一気に「お母さんに捨てられた子」に戻ってしまったんです。

(もう誰にも捨てられたくない!愛されたい!頑張っている私をもっと見て!)

こんな風に堕ちていく彼女のことを誰も知らないし、それで犠牲になるアパートの片隅にいる子どもたちのことなんてもっと知らない。

これが大阪二児餓死事件の真相です。

被虐待児が親になるということ

私はいつも虐待の事件をニュースで見るたびに、虐待を減らすには子どもの前に親の成育歴をきちんと把握しておかなくてはいけないと思うんです。

自分がネグレクトを受けてきた、虐待を受けた、毒親育ちだ、ということがわかれば育児には特別なサポートが必要なんだと確信しています。

最低でも、自治体は母子手帳を渡す段階で成育歴と親との関係をきちんとカウンセリングで聞き出しておくべきなんです。
少しでも何か問題があればすぐに対応できるようにする。

何かあってから…ではなく、積極的に関われるように連携しておく。

被虐待児の心の傷は簡単には癒えません。
子どもが生まれても「立派な親」にはなれません。

傷を見えないようにと頑張れば頑張るほど深みにはまります。
しっかりと誰かがサポートして、沈みかけたその手をつかんであげなければいけない。

この記事を書いていると、また一つ虐待関連のニュースがネットで流れてきました。

親を救うことで子どもが救われる。

何度でも訴えていきたいと思います。

小説『つみびと』が訴えるもの

山田詠美の小説『つみびと』は大阪二児餓死事件の母親の母親も登場します。

亡くなった子たちの祖母である彼女がどのような人生を送って来たか。
そして娘と、子どもたちは…。

交錯する人生を読み進めると、現実に生きている虐げられる者たちの絶え間ない悲鳴が聞こえるようでした。

フィクションではありますが、この小説には虐待やDVがいかに人を傷つけるかがしっかりと書かれています。
重い十字架を背負って、なお生きなければいけない彼女たちはこれからどう生きるべきなのか。

重い作品ですが、ぜひ多くの人に読んでほしいと感じました。

森雨

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