【毒親持ち】結婚式はしてよかった?親抜き結婚式をした結果。

毒親について
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↑この記事の続きです。

結婚の挨拶を終え、今度は結婚式の準備に取り掛かりました・・・と言っても、
結婚式は半年後で期間があったので仕事をしながらマイペースに頑張りました。

結婚の挨拶以来、親とは連絡をとっていませんでした。電話がくることもなかったです。
招待状は呼びたいな、と思った人全員に出しました。

親と関係が悪化していることで、実家側の親族を呼ぶことは一瞬ためらいましたが、
それでも結婚式というもの自体、幼少期から私を可愛がってくれた人たちに感謝を告げる式だという認識があったので呼びました。

親を招待すべきかどうか

親を招待するべきかーー

これは悩みました。

呼んだとして、きっと両親は私を当日まで何かにつけて罵り指揮を執りたがる。
挨拶の時に夫や夫の家族に失礼なことばかりしてきたので、これ以上は嫌!

そのうえ、子どものときから虐待を受けてきたのでいくら育ててもらったからといって心から感謝することはできない。。

結婚式は感謝している人・心から祝福してくれる人だけ呼びたい

そう思っていたので本当に悩みました。

「いくらなんでも、花嫁の親の出席しない結婚式なんて・・・」

私は高校生のころ、結婚式場でバイトをしていて花嫁が親に泣きながら手紙を読む場面は何度も見ました。
それを見るたび(私はあんなこと出来ないかもしれない)と思ってました。

結婚式3か月前。
招待状の返事がすべて返ってきたころ。

「・・・でも、結婚式のときの親の態度によっては関係を改善できるかもしれないし、やっぱり呼ぼう」

「結婚式をひとつの区切りにして、もう付き合いも、親について考えることも一切やめたい。
だから、呼ぶ!」

その日までクタクタになるほど結婚式に招待するかどうかを考えてきた私の決断でした。

娘の結婚式に出たくないってどういうこと?

挨拶以来、数カ月ぶりに親に電話をかけました。
母が電話に出ました。

結婚式に出てください、と私は丁寧に言いました。

「いいけど、留めそでは?」
「向こうのお義母さんはどういうの着るの?」
「貸衣装はどこで借りるの?」

とまず母は嬉しい、なんて一言もなくとにかく自分がどんな服を
着るのか、また義実家はどんな服を着るのか?ということを気にしていました。

「どこでやるの?」
「どうやって行ったらいいの?」

そして、結婚式の会場について。

「とにかく知らされてなかったから、わからないのよね」
「一番に知らされなかったし。普通一番でしょ?親には!」

と少しいらだってそういわれました。
そして、

「あんたのウェディングドレスは?決めなきゃいけないでしょ」

私がドレスは長年付き合いのある友達と見に行ってもう決めたよ、というと
突然態度が一変しました。

「はあ?!親に黙って勝手に決めたの!?」
「まさか引き出物も決めたっていうんじゃないでしょうね?!」

「もう決めなきゃいけない時期だったから決めたよ」というとさらに激高。

そして「そういうのは親が決めるもの!親が決めないと失礼にあたる!」と怒鳴られました。

[そこでいったん電話は一方的に切られました。

そしてすぐかかってきて「○○さんは(兄の嫁)出しませんから!!」
と言われました。

兄のお嫁さんはまだ産後3か月ほどだったので、私も招待するか悩みましたが事前に本人に直接電話して
確認すると喜び、「ぜひ出席したい」と言われたので出席者のリストに載せていました。

私は「じゃあもう一度○○さんに電話して相談して決めるよ」というと、
「出さないったら出さない!電話すんな!お前なんかが!」と怒鳴られました。

私は冷静に「私の結婚式なので私が直接相談して決めたい。無理はさせないし、
本当に大丈夫かちゃんと聞くから」と言うとさらに怒り出し、

「結婚式なんてどうしてする?結婚式なんてやめろ!」と言い出しました。

母「結婚式なんてやめろ!やめろ!」

私「私たちが結婚式をするかどうかはお母さんが決めることじゃないでしょう。とにかく落ち着いて話そう」

母「(何か叫んでいる)〇×◆△◆〇×ーッ!!」

私「…ドレスや引き出物決められなかったのがそんなに嫌だったの?どうしてそんな風に言うの?」
「何がそんなに不満なの?」

母「お前が親をないがしろにするからだ!お前なんて結婚式する資格なんてない!!

私「……そんなに出たくないのなら、出ていただかなくて結構です。祝福出来ないんなら、式に出ても仕方ない」

「出ない!出ない!うちの親族は一人も出席させませんから!」

しまいには親族も出さないと言い出したので、そこで傍で聞いていた夫が受話器を取り上げました。
(叫び声だったので、電話の音声は筒抜けでした)

夫「親族は出さないってひどすぎませんか? 落ち着いてください」

「とにかく出さない!結婚式なんてやめろ!親をないがしろにするな!」

ここで夫がカチンと来てしまいまして、

夫「どれだけ人に迷惑をかければ気が済むんだ!田舎者!」

というと、火に油でした。(当然だ)

夫の叫び声を聞いて、今度は義母が(※後だし情報ですが、この電話は義実家でした電話なんです。
隠れて電話していたんですが、あまりの声のでかさで・・・)

義母「○○(夫の名前)、落ち着きなさい!何てこと言うの!」

と夫に怒鳴りました。

義母の声だと気づいた母はそこで大慌て。
突然気を取り直し、

母「こ、この件については後日話し合いましょう」

と一方的に電話を切って終わりました。

※(追記)義実家ではこの電話を全員が聞いていたので、
私がその後口に出さなくても(あの子の親はヤバイ)という認知ができました。
逆に助かってます。苦笑

やっぱり親を式には呼ばなかった、というより呼べなかった。

私は電話の内容と、騒がせたこと(迷惑をかけたこと)を義両親に謝りました。
そしてもう親は呼ばずに結婚式をしたいということも言いました。
義両親は仕方ないね、とすぐに了承してくれました。

辛い気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

義両親は私が家族になるのを本当に心から歓迎してくれていて、式の足しにとお金まで持たせてくれていた
ので「うちはあんななのに、申し訳ない…」と心苦しかったです。

【母の影響?】呼べた人、呼べなかった人

親を呼ばないということで、母の妹(おばさん)が行けないと連絡がありました。
申し訳なさそうに「ほかの結婚式に出席する」と言っていました。

兄から連絡がきて、兄のお嫁さんは出ないこととなりました。
理由は「産後すぐだから」という理由でした。

結局呼べたのは、

私の叔母さん一家(父の妹一家で、いつも私の味方になってくれる)
祖母(父の母)と一緒に住む伯父


のみでした。

夫の親戚も人数は多くないので、そこは気になりませんでした。

プランナーさんと話し合いで、

当然花嫁の手紙はなし。
入場(バージンロード)は夫婦で歩く。

最後の両親への花束贈呈は祖母にお願いしました。

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式当日・・・兄と姉が消える

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式当日。

親が来ないことをずっと気にしていた私に夫が「みんな遠くから来てくれるんだ。出席者のためにも楽しもうよ」と
言ってくれたので、頑張って気を取り直して式に向かいました。

親が出ていないことはみんなすぐに気づいたようですが、「キレイだね!」「おめでとう!」と
涙を流して喜んでくれました。

教会での式が終わり、みんなと式場の前で写真を撮ってもらっていると兄と姉がいないのに気が付きました。

探してもどこにもおらず、結局兄弟とは写真が撮れませんでした。
披露宴にはひょっこりと現れましたが、何をしていたのかは当時は謎でした。

後日他の出席者の証言によると二人で建物の陰に隠れていたとのことがわかり、
私は親の言いつけで姉兄がわざとそうして写真を撮られなかったと知り泣きました。

私は兄と姉に何か悪いことをしたことなどなく、兄と姉は親の悪口をそのまま受けとり
一緒に写真を撮らないことで気持ちを表現したようです。

どうしてそんな仕打ちを家族が自分にしてくるのかは今でも全く分かりませんがとにかく悲しかったです。

【親無し】結婚式はそれでもしてよかったと思う

結婚式はつつがなく終わりました。

何度かデートで行っていた美味しいフレンチレストランを選んだので、
特に料理が最高だったと皆に楽しんでもらえたようなので本当によかったです。

感謝の気持ちも自分たちの口からしっかりと伝えることが出来ました。
主人側の親族や友人たちとも会えて心から楽しい時間になりました。

私の親が来てないということは何の支障もありませんでした。

とにかく大好きな人たちみんなで結婚式を楽しめた。

それで十分でした。

だから、結果的に結婚式をしてよかったと本当に思います。

もし、毒親に苦しんでいる友人がいて結婚式をしようかどうか悩んでいるのだとしたら

親のことなんて気にせずやりたいようにやればいいとアドバイスをします。

親無し結婚式・後日談

親からは、お祝いも電報も電話の一本もメールもなかったです。
そしてその後もありません。
(実は披露宴会場に電報があるかと期待した私・・・)

式から一か月後、両親と姉が祖母の家を訪れ、

「どうして両親代表としておばあちゃんが立ったの!?

おばあちゃんがあの子を育てたの!? ひどい!!」

「だいたい、おばあちゃんがあの子を(両親を出席させるように)説得しなかったのが悪い。おばあちゃんが悪いからこうなった!」

さらに、
「あんなに悲しい結婚式は初めて!ずっと辛かった」と。

と言って、祖母を責め、祖母は泣きながら頭を下げたそうです。

確実に、両親が姉に言わせた内容だととった私は、
それを祖母から聞いてすぐに姉に電話。

「私がおばあちゃんに頼んだんであって、おばあちゃんは悪くない。
そんなこともわからないの?

親に言われたからって、「大好きな」おばあちゃんによくそんなことが言えるね」

とはっきりと言いました。

姉は慌てて「ごめんごめん」と謝りましたが、電話はすぐ切れ、以来私の電話は着信拒否されました。

弱いものいじめが大好きな毒親たちは、祖父を亡くしてすぐの祖母を攻撃し始めたのです。

私はそこまで想像がいたりませんでした。

以来、祖母を守るのは私の役目になり、
祖母は今でも自分が悪いことをしたと思い続けています。

追記

その後姉とは話をしていません。
姉は弱く、傷つくことを極度に恐れているので直後は私のほうが親に
「お姉ちゃんはお前のせいで鬱になったゾ!」と責められました。

姉はすぐ嘘をついたり、大げさに言ったり、「傷ついた~」と親に泣きつく人です。

姉はその後すぐに親の勧めで結婚&出産。
今では親に頼り切った子育てをしているそうです。

一度だけ電話が来たときには「どうして雨はウチに帰ってこないの~??」と
ふざけたことを言っていました。

問題は祖母です。
祖父も亡くなった後、毒親(息子たち)の無視攻撃に遭っています。

母は自分のしたことを棚に上げ、責任転嫁し祖母を徹底的に無視。

姉の結婚・出産でお祝いを渡しても一切無視。
姉夫婦の新しい住所さえ教えてもらえずプレゼント類は「私が渡しておく」と
母が受け取ってはいますが、渡しているかは疑問です。
多分捨ててるんじゃないでしょうかね。

毒親たちは最終的には自分たちが結婚式に出られなかったこと、
私と絶縁状態になっていることを祖母の責任としています。

年老いた祖母が泣いたり、悲しんだりすることを私に見せることで、
私の罪悪感を大きくしようとしているのが見え見えなので

私は祖母になんといわれようと泣かないし、
こうしてブログにすることで耐えています。

祖母は姉や息子と会えないことを本当に悲しんでいて、
でも私はそのことをどうしてやることも出来ない。

毒親たちは自分たちを肯定するために、手を変え品を変え
どんな手段を用いても自分の責任から逃れようとします。

これが「いい親」でしょうか?

そんな人たちに付き合っていたら自分が死にますよ。
だから絶縁したんです。

終わり。

一緒にどうぞ。

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9 件のコメント

  • 森雨さん、こんにちは。
    以前よりこちらの記事を拝見しておりました。毒父持ち既婚20代女です。
    とても勇気をいただき、私だけじゃないんだ、と思えました。

    以下、私のことを話します。
    コメント欄に失礼とは思いましたが、私と同じような状況にいる方が少しでも励みになればと思い書きます。

    私は鬼ヶ島で育った、と認識しています。とにかく父は自分の思い通りにならないとキレて怒鳴って殴る、、、ただの大きな3歳児です。口癖は「子供は親の言うことを聞け。親に感謝しろ。誰のおかげで今まで生きてこれたのか。」です(今でも)。鬼の独裁です。子供のころのひどい仕打ちはきりがないので端折りますが。。。裕福でない家庭の中、私は父の唯一の見栄と依存の道具でしかありませんでした。

    窮屈すぎた私は大学から家を出て上京。父は道具を失いたくなかったのか相当反対(これを世では”さみしい”と言うそうです)し、実家近くの地域では名の知れた大学に入れようとしましたが、母の後押しと奨学金制度のおかげで何とか鬼ヶ島から脱出しました。東京に来て、世界を知り、やっぱりうちの家庭はおかしかったんだなと気づきながらも、父が”さみしい”そうなので、母の負担軽減のためにも正月と盆帰るくらいは我慢していました。帰っても、父の愚痴を聞くだけの”いい娘”という道具です。そうしていなければ、怒鳴ってキレる3歳児だからです。私の自由はどこにもありません。地元の友達と夜飲みに行こうものならすぐ鬼になります。自分と過ごすために帰ってきたんじゃないのかと。もう面倒なのでいつも実家でじっとしていました。それでも普段は遠く離れた東京にいて、実家とは離れていたので、何年もやり過ごせていました。

    しかし昨年、私が遠距離で付き合っていた彼(現夫)との結婚の話をすると、まあ、もめにもめにもめました。。。
    母と兄は心から祝福してくれましたが、父は予想通りの反応でした。挨拶に来た彼についてもひどいことを言いました。それでも私は「どんなに嫌いでも育ててくれたたった一人の父だから最低限礼を尽くすべきだ」と考えていましたし、表面上だけでも仲良くしていたかった(母と兄は好きなので)ため、今後のためにもとにかく穏便に、結婚を認めてもらおうと努めました。孫も見せ、恩返しもすべきだと思ってました。そこで、東京の会社を寿退社した後、すぐ彼と暮らす予定だったのを変更。(特に、遠距離成就なので早く一緒に暮らしたかったのですが)その前に実家に2週間以上滞在しました。すべては穏便に済ませるため、目的のため、気を遣い、父の機嫌をとり、旅行もプレゼントしました(父・母・私の3人で行きました)。しかし、この旅行がいけませんでした。
    一応、独身最後の親孝行のつもりでした。ので、行くところすべてに父が文句を言ってましたが、ずっと我慢してました。我慢して我慢してました。しかし最後の夜、父とは完全に決裂・・・というか、いきなりキレられました。夕食中に他愛ない話をしていた最中にです。急に空気が重くなり、訳が分かりませんでした。あきれましたが、これまでの努力を無駄にしたくなかったので、冷静になり、とにかく父に謝り、気に障ることを言ったかと理由を聞きましたが、「言いたくない、黙っておけ」の一点張り。終いには、「こんなにまずい酒ははじめて。もう顔も見たくない。」と私を睨みました。なだめる母にも「黙れ」と。
    最低な空気のまま旅行は終了。私は帰路も、終始涙が止まりませんでした。
    (半生を共にした母すら、今回ばかりは何に怒っているのか全くわからないそうな。)

    その次の日、私はもう泣きながら彼の元へ行き、すぐに入籍して、今に至ります。
    (彼側のご両親は応援してくれていて、入籍もすでに了解を得ていました。)
    この時の私は憔悴していました。もちろん、やっと離れられる、せいせいする、もう文句言われないしあんなやつに人生邪魔されなくて済む、という気持ちもありましたが、こんなにも頑張って歩み寄ったのに、それを思いっきり打ち砕かれた、その怒りと悲しみとで涙が止まりませんでした。
    毒父と思ってはいたけど、、、でも心のどこかで、まだチャンスはあるんじゃないか、わかってくれるんじゃないか、普通の家族の関係でいられるんじゃないか、いい親だと思いたい、という淡い期待がありました。まだ親の愛を求めていたんだと思います。甘い考えでした。
    そしてここまでしてダメだと、逆に諦めがつきました。笑

    今秋、結婚式を挙げる予定で、新郎側親族のみの神前式です。
    どんな感じになるのか・・・義両親には親の挨拶すらできず、普通の結婚式すらできず、本当に申し訳ない思いです。
    母と兄には来てほしかったですが、私が父を呼ばない以上、来れないでしょう。
    母は悲しそうにしてますが、文句言いながらもあんな人と離れられない母も母なので。。。

    長くなりました、、、すみません。なんだか書くとすっきりしました。
    新しい性で、過去とは決別し、振り返らず前に進もうと思います・・・!

    • yarimaru様

      初めまして、森雨です。

      ご両親のこと、大変でしたね。お察しします。

      >こんなにも頑張って歩み寄ったのに、それを思いっきり打ち砕かれた、その怒りと悲しみとで涙が止まりませんでした。

      よくわかります。私も絶縁した後すぐはそのことで気に病みました。
      しかし、同時に「やるだけのことはやった。それでも親は変わらなかったから私のせいじゃない」とも思いました。
      それまで悶々としていましたが、その気持ちだけで糸を切るように連絡や関係を一切断ちました。
      今数年経ち、子どもも生まれましたが後悔はしていません。むしろあれ以上付き合っていたらこっちの身が持たなかったので
      いいきっかけだったくらいに今では思えています。

      義両親とご主人に理解があれば、それはとても幸せなことです。
      その関係こそ、これから大切に守っていくべきものなんです。

      すっきりしていただけて良かったです。
      これからはお互いしっかり自分の人生を生きましょうね。
      またブログにも遊びに来てください(^^)
      (他にも毒親関連の記事たくさんあるので)

      コメントありがとうございました。

      • 森雨さま

        早々のご返信ありがとうございます。
        あんなに長い文章だったのに・・・感謝します。

        嬉しいお言葉です。実は同じことをずっと前から夫が言ってくれています。
        「客観的に見て、あなたは悪くない」と。その言葉に甘えていいんですよね。

        義両親ときょうだいも皆いい方たちで、本当に本当に恵まれました。
        大切にしていきます。

        絶対幸せになって、あんなやつ見返してやるくらいの気持ちで進みます!

        森雨さま、これからも応援しています。
        ほかも読みあさらせていただきますね。笑

  • はじめまして。
    私は回避型愛着障害?ボーダーかな?と自覚がある40前半主婦です。 私の両親も毒親の部類と思っていますが、森雨さんの記事を読んだらうちの親たちなんて他所と比べると変だけど、森雨さんのお母さんに比べたらただズレた親なだけとかんじました。それにしてもお母さん強烈ですね、その両親はどんな風にお母さんを育てたんでしょう…闇を感じます。

    私はバツイチの夫と結婚しましたが、式も披露宴もしていません。森雨さんのお母さんからすると、毒親とも言えない親たちですが、私は披露宴どころか、成人式すら晴れ着も拒否、成人式や披露宴なんかはまさに感謝を伝える機会なんでしょうけど私なんか…と自己肯定感がどん底にある私には無理でした。私の場合は、保育園時代から、虐待するババ保育士に担当されたり(普通はクレーム言ったり、保育園替えると思うんだけど他人事みたいに語る母)小学校入学したらやたら熱すぎるババア教師にアスペ気味な私は目をつけられ徹底的にやられました。クラス替えが2年おきでしたので、小3時もまたババア教師で、熱くはないけどお気に入りとそうでないのでは扱いが雲泥の差がありここが一番のトラウマ時期でした。自分語りが長くなりましたが 、森雨さんはきちんと自己肯定感がおありなので羨ましく感じました。明らかに森雨さんのお母さんはおかしいし、周りの方も認識できるので。私の両親は何とも語り難い家庭を築いていました、外からはわからない…。

    • かよさま

      はじめまして、森雨です。

      確かに、我が母ながらいまだによくわかりません。笑
      何なんでしょうね…すごく自分の欲求に忠実なのか、はたまた底知れぬ闇の持ち主なのか。
      本人の個性もあると思います。

      自己肯定感、ないっすよ!(自信)
      私もババア教師にとことん辛く当たられたほうなのでよくわかります。
      今は絶滅したかもしれませんが、まだ私の時代もひどい教師はいました。田舎だということもあり…

      コメントありがとうございました(^^)/

      森雨

  • 森雨様、お返事を頂け大変嬉しく思います。
    実は、私たちの結婚式は友人や会社の方も多く呼ぶ為ずっとどちらの両親ともいなくてはいけないという概念に囚われて動いており、先日まで叔父叔母を親に扮して出てもらおうとしていました。
    ですが、毒母がおばたちに更に攻撃をしており、どうにも叔母が精神的に参ってしまい、親代わりで出られる精神状態でないので一親戚として出たい、と申し出てきました。
    叔母にこんなにも心労を掛けてしまったことへの後悔と、毒母への憎悪が一気に強くなりました。そして、新婦の親がいない結婚式なんてみんなどう思うだろうか?と、1番親がいないことを意固地に気にしていた自分に気が付きました。
    自分らしくいきます。コメント欄に何度も申し訳ございません。

  • 毒親を持つ者ですが、雨森さんのブログを拝見してとても勇気を頂いています!
    数年前に親族を巻き込んで毒母が暴れて以来逃げ出し、音信不通絶縁のまま結婚しようとしています。
    特にこちらの結婚式の記事は背中を押して頂けたようなきがしました。
    私も新郎側の両親しか親は呼びませんが、自分たちが結婚したことを報告したい大好きな人だけを呼ぼうと思います。
    ありがとうございます。

    • めえ様

      はじめまして、森雨です!
      嬉しいお言葉ありがとうございます。

      私も親抜きで結婚式する前は不安でいっぱいでしたが、実際結婚式をしてみると
      本当にやってよかったと心からそう思いました。

      本当に自分を大切にしてくれている人たちに囲まれてする結婚式は、必ずいい式になりますよ!約束します!

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    mori ame
    夫と3才男子、猫と暮らす凸凹主婦。 結婚を機に実家家族と絶縁。毒親育ちで子育てする苦悩や葛藤の中から、考えたことや発見したことを綴っています。 趣味は銭湯通い。