こんにちは、森雨です。

前回・前々回に引き続き『父性』をテーマにして
お送りします。

前回はスルーする父・執拗に子どもに干渉する父についての
例を書きました。

今回は、実際に存在する(日本を代表する?)父親を例に
考えてみたいと思います。

※今回はテレビ番組で観たその家庭の様子を書きますが、
あくまで「テレビで観た感じ」なので、実際の家庭環境がどうだとか
は問題にしません。
当然、テレビなので「作られたもの」という感想を持つ人もいるでしょうし、
私自身これは本当だとか嘘だとかを語るのはヤボなのでしません。
要するに、これはあくまで「モデル」であるということを理解してから
先を読んでください。

大家族石田さんちのお父さん

あなたが『大家族石田さんち』を

観てないし、

知らないし、

そもそも大家族モノが大嫌いだから
今回の話は全くついていけないというなら申し訳ないです。

私は個人的に大家族モノの番組で石田さんちだけは
なぜかしっかり見ちゃうという典型的な視聴者なのですが、

あれ面白いですよね。

『家族』でひとくくりにされるのが嫌いなのですが、
他人の家の事情を知りたいというのはもう人間の本能
みたいなものなので許してください。。笑

一応知らない人の為に説明しておくと、
石田さんちは、

7男2女で9人の子どもと父・母の11人家族です。

放送当時は末っ子が1~2歳でてんやわんやの家庭を
映していましたが、今は全員独立しているのにも関わらず、
その後の家族の行方をしつこく追いかけている番組です。
(現在は主に末っ子付近と父・母を追う)

お父さんは美容師を経て、ロレアルパリの営業本部長で
現役時代は朝から晩までバリっバリに働いていたという
うちの親たちと同世代の60代。

私が大好きな韓国の俳優のソン・ガンホそっくりの男前なお父さんです。
(本人の顔写真を持ってくるのはさすがに失礼なような気がする
のでやめときます。気になる方はググってください)

石田さんちのお父さんの子どもとの関わり方

番組を見ている人は何度も映像を見ているとは思う
んですが、

この石田さんのお父さんは忙しいながらも
ちゃんとお父さんしてるんですよね。

子どもの髪を切ってやるときや、

子どもとじゃれ合って遊んでやるとき。

子どもがアカンことをしたときには鬼のように怒り、

真面目にやっていると思ったときはマメにほめる。

見ていてすごいと思ったのが、

お母さんと同じなんですよね、子育てのスタンスが。

子どもが反抗期でも、(芽衣子ちゃんのヨーグルト事件等)
お母さんだけが「キーっ!」ってなることもなく、

2人ともが「ふうん。そういう時期なの」って受け止めてるんです。

無視はしない。
ただ、受け止めてる。

どっちかが
「どうにかしなきゃ!」「ああ言え!」「こう言え!」
ってんじゃなく、

自分自身の言葉と態度で対処しているんです。

これってほんとに簡単なことのようで結構難しいと思います。

特に父親が無干渉・男だったら、
母親一人が右も左もわからない中、自分の考えや価値観一つで
子どもと立ち向かわなければならないんです。

あの上の息子たちだって、確かお父さんと大喧嘩するシーンが
あったはず。

子どもを全力で叱れるっていうことはそれだけ見てるって
ことですからね。

叱るのはほんっとに体力も精神力も使います。
特に反抗期の子どもってどうせ聞きもしないんですよ、親のことなんか。

むしろ火に油になって、ガッシャーン!ってガラスが割れることだって
ありますよ。

でも、それでも!
ちゃんとガツンと言えるお父さんはえらいと思います。

ビッグダディの子どもとのかかわり方

ビッグダディって相当評判悪いですが、

私は子どもへの関わり方的には悪くないんじゃないかな?と
思うんですよ。

ビッグダディは確かに・確かに、言動でおかしいところが
あったりしなくもないんですけど(特に女性関係)

子どもは誰一人として、恨んだりするそぶりを見せないですよね。

多感な時期はあって、次女とか不登校気味になったりする
こともあったんですけど(あれだけ有名になっちゃったらねぇ)

普通なら「こんな家嫌いや!親父キモイ!」となっても良かったんですけどね。
(たとえカメラの前であっても)

最近放送してないのでYouTubeとかで見直してると、

子どもとビッグダディは一定の距離感が常にあります。

小さい子も、大きい子も同じです。

そして、ビッグダディも自分の女性関係に関して
ちょっとしたうしろめたさのようなものもあって、

その距離感は常に保たれているわけです。

父に対しての親愛は、母親に対しての複雑な感情によって
さらに強固なものになります。

なので反抗期やら甘えやらで父を困らせても仕方ない、
むしろ家族の為にがんばろうという気持ちが芽生えるわけです。

それを可哀想と思うかどうかは周囲の勝手な解釈で、
子どもたちが実際にどう思っているかは分かりません。

ビッグダディはちまちま限られた予算の中で子どもが喜ぶ
イベントをやったり、出かけたり、アイディア料理を作ったりして
それはもう子どもの面倒を見ています。

やるなと言ってもやっぱりやるでしょう。

彼の「俺はこういう人間だ!」というセリフには、
(そうだろうな~)という感想しかないです。笑

彼の歴代奥さんたちは、決して器用な人ばかりではなく、
むしろどこか暗い影を落としています。

それを知っていて「俺が引っ張ってやる」と思ったビッグダディって
もの凄い。

そして結局引っ張り切れずに、離婚してしまうという結末。
それでも、家族をけん引する能力のあるビッグダディ。

真似できる人は少ないと思いますよ。

2人に共通する『父性』の形

石田さんちのファンの人は、
「ビッグダディと我らが石田父を比べるなんて!!」と
怒るかもしれませんが…

2人に共通する「父親像」はほぼ一緒です。

2人とも家族が好きで、子どもが好き。

家族を一つの集団として考えていて、
自分はそれを支えているという自覚はあります。

とにかく、食べさせていくこと。
子どもに教育を受けさせること。

それは親としての責任だと知っているし、
それを守るための努力はしていると思います。

年収の差やらなんやらは関係なく。

「子どもと遊ばなくてはいけない」

「子どもの勉強を見てやらなくてはいけない」

そういうのは彼らにはなんの意味もありません。
やりたくてやっているし、やりたくないときはしません。

子どもをみて、心から「○○に遊びに連れて行こう」とか、
「○○を一緒にしよう」と思うから動くだけです。

それが本当の『父性』なんです。

母性とはそういう意味ではかなり違いますよね。

だから、

「たまには子どもと遊んでやってよ!」

「もっと子どもを叱ってよ!」

と母親が父親に言う時点で、そこには義務しかないんです。

その父親に『父性』は湧いていません。

石田父もビッグダディも、

「お前なぁ~、もうちょっと○○しろよ~」

「おい、(名前)!」

「お前、昔っから○○だったもんなぁ。笑」

友達みたいなフランクさですよね。

父親から子どもに向けてのある種の愛情表現です。笑

父親に『父性』があるかどうかは子どもが一番よく知ってる

ただ義務で、子どもを養ったというのと、
父親になり『父性』を持って接してきた父というのは

悲しいくらい大きな違いがあります。

例えば、以前登場したBくんの無干渉な父は、
Bくんと一緒にいると露骨に困ったような表情をするそうです。

大きくなって子どもと話す機会はどんどん減ります。
いい機会なんだから、子どもと話せばいいのに、というときにさえ、

「……お母さんはどこかな?」

と妻を探して別の部屋に行ってしまいます。

(息子と何を話せばいいのかわからない)

(子どもから無視されるのが怖い)

と、『父性』を持てなかったうしろめたさから、
逃げ腰になって関わり合うのをやめてしまうようです。

もし、これが石田父たちだったら、

父の方から「最近どう。学校(仕事)」

もしくは、「最近俺さぁ」と父から自分のことを
言ったりすると思います。

もっといい関係だと、子ども側から話しかけます。

それは『父性』を持つ父親が、自分のことを好きだという
ことを知っているからです。

子どもは大きくなると、親がどういう人間かというのを
考えるようになります。

自分のことをどう思っているか、好きか・嫌いかを
常に観察しています。

大切に思ってくれているか、ということにすごく敏感なので、
父親の言動に『父性』を感じないと幻滅しますし、
心を閉ざします。

それは、子どもだから、というわけではないですよね。

たとえ大人でも相手から(この人私のこと嫌い?)と感じたら、
ちょっと避けますし、悲しくなるものですよね。

それと同じです。
大きくなるということは、他者を意識すること。
それは親であっても同じことです。

「父か母どちらかが」というわけにはいかない

でも、

「父母どちらかがしっかりしてればいい」

というわけではないんですよ。

例えばすごくちゃんとした母性を持って子どもと接する母親と
完全に妻子スルーの父親。

逆に、全然自分のことしか考えない不安定な母親と、
めちゃくちゃしっかり子どもを『父性』をもって面倒をみる
父親。

どちらのパターンも、
子どもは生きづらさを抱えてしまいます。

石田さんちもはお母ちゃんもめちゃくちゃしっかり
母性をもって子どもと接していられたので、
家族が多くても、みんな明るく楽しく過ごせたんじゃないかと
思います。

それを証拠に反抗期もしっかりありましたしね。

(それに関してはビッグダディのほうは相当苦労したと思います)

「父性」も「母性」も突然湧き出るものじゃない

ということで、今回はテレビのあの父親にクローズアップして
「父性」について考えてみました。

母性も父性も今までの本人の生きてきた環境に左右されるものなので、
「出せ」とか言われて出るものじゃないんですよね。

繰り返しになりますが、これは単なる私の妄想なので、
実際の石田さんや林下さんがどうだとか言っているんじゃないです。
あしからず。

森雨でした。

 

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