あなたのお父さんが『毒父』と呼ばれる原因を探ってみる。

毒親について
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こんにちは、森雨です。

前回、父性について話したんですが、
はっきり言って自分の中でもイマイチまとまっていません。

そのため、「ええっ!?森の理想のお父さんって波平なの?」

と思った人もいるかもしれませんが、

それは勘違いです。

父性として、ああいったカバンの中敷きのような
存在が家族には必要なんじゃないか、と思っただけです。

もし父親が波平だったら、死ぬほど反発するだろうし、
大喧嘩してカツオの10倍くらい「ばっかも~ん」と
言われているだろうし、フネを泣かすだろうし、
タマは室内猫にして外に出さないと思います。

今回は、よくある『毒父』について掘り下げて考えて
見たいと思います。

目次

【毒母を持つあなたに聞きたい】お父さんはどうでした?

私自身、お父さんのことが好きだったんですよ。

子どものころ、お母さん<<<お父さんってくらい、
お父さん大好きな子どもでした。

うちの父は、ユーモアがあって笑わせてくれたり、
面白い遊びを考えて教えてくれたり、
割と物知りで聞くとたいていのことは教えてくれました。

レジャーも好きで、よく夏休みは二人だけで山や川に出かけて
いた記憶があります。

だからこそ父が鬼のように突然起こったり、怒鳴ったり、
時折飛んでくる驚くほど酷い言葉に私は怯えました。

母に対する暴言や、私に対する暴力は父を好きだったからこそ、
ものすごくつらかったです。

父は今まで何度も記事にしましたが、
どうしようもないほど大きな劣等感を抱えていました。

自分の人生に後悔していて、

「俺の人生はこんなもんじゃない」

「俺はもっと才能のある人間」

「俺はこんな仕事をしているけど、実は誰よりも出来る」

と冗談なのか本気なのかわからないようなことを
よく家族に言って聞かせていました。

自分の人生を狂わせたのは義実家と妻だと思っていて、
それもあって母に対する暴言はエスカレートしていきました。

時々茶碗を投げたり、わざと母をキレさせて喜んでいました。。

しかし、母は決して父に歯向かうことはせず、
私に「お父さんは才能のある人なのよ」と言っていましたね。

商売もお父さんのおかげでうまくいっている、と。

子どものころはそれを真に受けて、
「そうか、お父さんは賢い人で、私たちを養うために仕方なく嫌いな仕事
しているんだ」と思うようになりました。

それを信じるために、友人たちにはお父さんの自慢ばかりしていましたね。

お父さんも「今日学校でお父さんの話をしたか?みんななんて言ってた?」と
毎日聞いてきて「すごいねって言ってたよ」とか適当に返答していました。

今考えると父は自分自身の後悔の念と、承認欲求とがごちゃ混ぜに
なっている状態だったんだなとわかります。

当時、父のことを嫌っていた叔父が父のことを
「弱い犬ほどよく吠える」と言っていたのをよく思い出します。

毒父の2つのパターンについて

と、いうのがうちの毒父のパターンなんですが、

過干渉で暴力をふるう父に対し、
全く妻や子に対して無干渉というのもいますね。

田房永子さんのお父様がこのパターンかと思います。

田房 お母さんは身体が大きくて、私ともみ合いになるんですよ。
ごろごろ、ごろごろ…。それをほとんど毎日、1時間、2時間やるんですよ。
それを横目に、お父さんは普通にスーッと通るんですよ。

斎藤 いやいや、それはないでしょう。

田房 で、自分の部屋に入って本を読んだりしているんですよ。
あれは私の家では普通のことでしたが、今考えると本当に異様な、映画のワンシーンみたいな光景でした。

このことは他のエッセイでも書かれていますが、
大の大人(母親)と取っ組み合いになっているそばをそんな風に
一切見ないようにして通れるっていうのはやはり変です。

でも、うちでは全く逆で、母が基本、無干渉。

私が父に殴られようが、蹴られようが部屋の隅でぼーっと見て
いましたね。
まるで、母の指示で父にそうさせているかのように。
あのときの母の表情は忘れられません。
何にも考えてない表情でした。歯医者の順番を待つみたいなの。

無干渉の男(父・夫)って頭どうなってんの?

私の父親のような暴力父・過干渉なのは、
自分のコンプレックスでのたうち回っているんで一旦置いといて…。

世間の毒父や毒母の陰に隠れてホッとしている男たちって
マジで何なのでしょうか?

「俺関係ないし」という中学生みたいですよね。

これは想像ですが、私はここに祖父母以前の男尊女卑の
考え方を感じます。

例えば、「お手伝いしなさい」と言われるのはたいてい女の子。
男の子はテレビを見ててダラダラしてても食事が出る。

母親の愚痴を聞かされるのは娘。

それによって母親と周囲の人間との軋轢を知るのも娘。
慰めるのも娘の役目。

うちもそうでしたが、
遠い親戚が来たときに「ちゃんと挨拶しなさい」と
お茶を出すように言われるのはたいてい私でした。

兄は知らん顔で通り過ぎる。

私が「お兄ちゃんも手伝ってよ!」と言うと、
母たちに「いいの!お兄ちゃんは勉強があるの!」
「男の子なんだから、そんなことしなくていいの」

と言われましたね。

そしてそういう風に疎外された兄は、
親戚の誰々が死んだ、という話も「誰?」で終わり。

私が母たちのことを相談した時も、
「よくわからん」で終わり。

家庭のことは男は知る必要が無い、という考えを
幼少期から植え付けられた男たちが家庭を持ってから
突然そういう(面倒な)家庭的なことを引き受けて考えてくれるとは
思えませんよね。

そのため、家庭の問題はすべて女に任せ、
自分は「とりあえず言われたことだけをしよう」と仕事に
没頭するわけです。

 

男は「言われたとおりに」やっているだけ!?

でも、やっぱり男だけに原因があるわけではないんです。

家庭の問題を「男は関係ないない」と追いやった女たちにも
もちろん問題はあります。

「無干渉・男」は脈々と受け継がれて出来たものなんです。

「無干渉・男」の父もまた「無干渉・男」だし、その父も…という
感じで、既に伝統の域に達しています。

そこで、やはり女(妻)のほうが無理にでも
子育てに参加させたり、嫁姑の間に立たせたり、家事をやってほしいと
言っていかなければならないのです……

「それがメンドクサイからもういい」

と投げ出したら、また伝統を継承していくことになります。

これはマジです。

(なんでそんなことせなあかんねん)

というのが正常な反応です。

「子どもみたいな夫を持ち、その夫の子を育て、
なんでまた教育しなおさなあかんねん」

怒っていいです。

でも、そういう夫を持ってしまったらしょうがないんだなぁ(みつを)

男はいつも母親に言われたとおりのことだけをしています。

指示待ち人間の夫を叩き直すのはあなたしかいないのです。(悔しい)

『無・干渉男』は夫婦不和でさらに毒母を焚きつける

そういう『無・干渉男』は非常にめんどくさがりやなので、

女のちょっとした言動の意味を考えることを放棄します。

女性は基本的に(察せよ!)という生き物で、
男性は基本的に「言わんとわからん」生き物です。

女性がこうしてほしい、ああしてほしい、というのも
男にはわからないし、

ちょっとでも女性がそのことでヒステリックになると、
(正直メンドクサイ)と感じるものです。

結果、夫のそうした態度から愛情を感じることが出来ず、
コミュニケーション不足となり、当然セックスレスになり、

その苛立ちが子どもに向かうわけです。

『無・干渉男』は夫婦不和も引き起こしてしまうんです。

そうなってしまうと、家庭は壊れる一方となります。

子どもにきつく当たる妻、傷つき・荒れる子ども。

子どもと妻のことは『無・干渉男』にとって自分の範疇の中に
ないので、

何があっても「俺には関係ない」となります。

まともな人間なら、ここで「妻と子どもの間に立って守らなければ」と
感じて動くことが出来ますが、

いつまでも母親の亡霊を引きずっているような男は平気で
家庭問題をスルーしがちです。

(実際、前記事のBの父親もかなりのマザコンで、
母親が死んだあとも母親の着るものを身に着けていたような人でした)

あなたのお父さんが『毒父』と呼ばれる原因を探ってみる。

というわけで、今回は毒父の2つのパターンを見てみました。

あなたの毒父はどちらのほうに近いでしょうか?

また、私の毒父はこんなのでした!というのもあれば
是非コメントくださいね。

次回は、実際に見たいい父親についてのお話をしたいと思います。

森雨でした!

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